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第二章 第五十三話:昼行灯

夜闇の中、学園の敷地に一陣の流れ星が落ちた。流れ星は着地の際に青魔法を展開し、水をヴェール状にして芝生に張り、衝撃を和らげる。パシャっと小さな音を立てたそのヴェールから這い出てきたのは少女だった。仁より二つ、三つ年下だろう。化粧気のない顔は、その彫りの深さが十分に補ってあまりある。くっきりとした鼻筋に、力のある目。純血の日本人ではないのかもしれない。

パチパチパチ。

観葉に植えられた木々の隙間から手を打ち合わせる音が聞こえる。次いで足音。何者かが芝生の上を踏み歩き、少女に歩み寄る。

「……すげえな。青魔法ってのはあんな使い方も出来るんだな」

月明かりに照らされる。街から帰り着いた仁は、少女が空から降ってくるという超常現象を目の当たりにして思わず拍手をしたのだった。

「アナタが例の黒魔術師ですか……」

少女の声は存外落ち着いていた。自分の極秘裏の侵入が見破られたことにも特段の感情はないようだ。

「そうだね。城山仁って言います。以後お見知りおきを」

一瞬少女がピクリと眉を動かした。

「……随分あっさり明かすのですね。私の魔力を嗅ぎつけたのだからと、カマをかけたのですが」

「滅相もない。たまたまだよ、たまたま」

そう言って大仰に顔の前で手を振る。ヘラヘラと軽薄な笑みが、少女の鼻についた。

「ヒューイットの報告通りですね…… 昼行灯」

「大石蔵之助を知ってるのか。混血だろうに、日本の歴史にも造詣が深い」

立派立派と再び拍手をする。

「猿芝居は止めろと言っているのです。近藤正輝を殺した張本人が今更ヒョウキンを気取っても滑稽に映るだけですよ?」

近藤の名に、仁はゆっくりと笑みをしまった。

「……まあ夜中に会って、昼行灯はないよな」

またクスクスと笑う。さっきまでの安穏としたものではなく、冷笑。


弾かれたように仁が少女に駆ける。仁のトップスピードではない。速いは速いが、目で追いきれるものだった。即座に腰に顕現した村雲を引き抜く。

ガキーン!!

金属がぶつかり合う音が響き渡り、夜の闇に小さな火花が浮かぶ。仁の横薙ぎの刀を受けたのは、どうやら槍のようだった。三つ矛のトライデント。雲の隙間から注ぐ月光がゆっくりとその持ち主を照らし始める。魚のような鱗に覆われた顔は、僅かに目と口がわかるだけ。鼻のようなものはない、ノッペリとした作りは気味の悪さを与える。全身が見える。全身銀色がかった青い鱗に覆われていて、視線を下げても足は見当たらない。尾ひれのようなものがついているだけ。半魚人ならぬ、前魚人といったところか。その全魚人は感情の見えない、そもそもコレにあるのかはわからないが、顔で仁の刀を押し返している。

仁の試すような攻撃に、少女もまた刹那に精霊を呼び出し、当たらせたのだった。

「全力で向かってくるかと思えば、挑発に乗らないタイプなんですね? それとももう近藤のことなど過去のことですか?」

全魚人の後ろで少女が初めて笑みを見せる。冷たい人形のような笑顔だった。

「……」

「まあいいです。今日は戦いに来たわけでもありませんから」

「……どういうことだ?」

キンと小さな音を上げ、仁が刀を鍔迫り合いから戻し、精霊から距離をあける。

「アナタの実力を当方は高く評価しています」

やや事務的に少女は言うと、手を横に振り、自らの精霊を下がらせた。全魚人は芋虫が這うように器用に主の下まで移動する。

「スカウト…… ということか?」

「有り体に言えば」

近藤にそうしたように、幹部を殺した人間を新たな幹部へと招く。ひどく無感情で合理的なやり方に感じられた。

「……悪い話ではないと思いますけどね、私個人も。ただ忠実に仕事をこなすだけで、一般人には得られない報酬をもらえます。仕事も厳しいものばかりじゃない。私達フロイラインの幹部と連戦を余儀なくされる事態よりよほど割りはいいでしょう」

ほんの一瞬、少女の顔に優しさのようなものが見えた。仁を慮っているとは言い切れないが、根からの悪人というわけでもないのかもしれない。

「謹んで断らせてもらうよ。今の俺は金で動いているわけじゃないんでね」

それを汲んだのか、仁は冷たくあしらうようなことはしなかった。

「……そうですか。遊庵は良い人を仲間にしたようですね……」

「坂城を知っているのか?」

思わぬ人の名を聞き、仁の顔に驚きが浮かぶ。

「……口が過ぎましたね。今日のところは退散しましょう」

少女は苦笑して、仁に背を向ける。向けかけたところで、ふと体を止めた。

「そうそう…… 私はミルフィリア・A・高坂こうさかと言います。以後お見知りおきを」

仁の紹介に則った言い方で悪戯っぽく笑った少女は、そのまま学園の外に歩いていった。








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