第二章 第五十話:AMC
行方にメールを入れたのは、夕飯の後。返事が返ってきたのは就寝時間間際だった。
「お兄ちゃん? どこ行くの?」
浮気を疑う恋人のように、仁の動きに機敏に反応した奈々華がちらりと厳しい目を向けた。部屋の戸に向かって歩き始めていた仁は蛇に睨まれた蛙。
「……行方と話がある」
「こんな時間に?」
こんな時間になる予定はなかった、と言い訳しても意味はなさそうだった。仁は何か上手い切り抜け方はないものかと部屋の中に視線を彷徨わせた。コタツの中からシャルロットが這い出てきて仁に一瞥くれただけだった。
「私に聞かれちゃまずい話?」
「いや、そういうわけでもないんだが……」
奈々華が自分の行動を縛っているのは、自分を思ってのことだと仁もわかっている。本当はそれだけではないのだが。じゃあ一緒に行くと言う奈々華を止める術を仁は持たなかった。
「AMC?」
仁が行方に送ったメールには聞きたいことがあるとだけ書いておいた。新聞部、詳しく何をやっているのかはわからないが、の活動をしていたと言う行方は、いきなりの質問にやや面食らっていた。
「噂でも何でもいいから、知っていることを教えてくれないか?」
近藤の最後の手紙に書いてあった忠告。仁はそれを受け止め、自分なりに調べてみたのだが釣果は芳しいものではなかった。AMC。魔法犯罪対策協会。国連管轄の組織で、読んで字の如く、世界に蔓延る魔術師による犯罪を取り締まることを旨とする。活動は多岐に渡り、未検挙犯罪者への対策、重大犯罪者の首に懸賞金を懸けたり、犯罪者達に関する情報収集と開示。犯罪者の抑留、捕らえられた犯罪者を拘束、拘置する。犯罪者の拿捕、直属の魔術師による犯罪者の検挙。時に司法権限、警察権すらもあたかも保持するかのように振る舞い、また本来のそれらを歯牙にもかけない。国連の闇の組織とまで評される。しかし仁が知り得たのはここまで。それすらも信頼できる情報筋ではなく、インターネット上の掲示板で得た眉唾の情報。構成員、発足の経緯、過去の戦果等々、わからないことだらけ。組織のトップに至っては誰も言及すらしていなかった。
「あんまり関わり合いにならないほうがいいわよ?」
いつになく深刻な表情を作る。学園の中庭、誰にも話を聞かれたくない仁の要望、寒い寒いと手に息を吹きかけていた奈々華も抜き差しならない雰囲気を感じ取って顔を強張らせた。
「……そういうわけにもいかない」
近藤を殺した仁はもう十分関わり合いになっている。
「……」
「頼む」
黙って仁の顔を見ていた行方は、やがて大きく息を吐いて折れた。ざくざくと枯れかかった芝生を踏みしめて、一歩、二歩歩く。仁はその背を真剣な面持ちで見つめていた。
「……ねえ、フロイラインの構成員、特に幹部クラスは人相も経歴も主属性もわかっていないのに、どうしてその二つ名を付けていると思う?」
「青の魔術師がどうにかして調べているんじゃないのか?」
くるりと振り返った行方は曖昧に笑っている。一日その装甲を守ってきた化粧はノリが悪くなり、月光に照らされてデコの辺りがテラテラ輝いていた。
「……居場所もわからないのに? 第一奴等は化け物よ。そんじょそこらの青魔術師が魔力を調べようとしてもどうにもならない」
そんなヘマはしない、と言い切る。
「……」
しばしの沈黙。行方は静かに仁を見つめ、仁もまた思い詰めたような表情でそれを見返す。奈々華はそんな両者の顔を交互に窺っていた。やがて仁が口を開いた。
「通じてるってことか?」
仁の出した答え。行方の言葉を整理すると自然と行き着く道理。国連の組織と、世界最大最悪の魔法犯罪者組織、フロイラインが裏で蜜月している……
行方は感情の見えない顔で静かに頷いた。