第二章 第四十九話:くまマニア
中谷通りを、学園側から四百メートルほど進んだ突き当たりに大型ショッピングモールがある。都会の一等地に三百平米の敷地。何か悪いことでもやってんじゃないかとは仁の第一声。螺旋状になった各階は、服、雑貨、インテリア等々、各種専門店が軒を連ねている。二人は何でも揃うというキャッチフレーズにつられて、その施設に足を踏み入れた。平日の昼間ではさすがに客の入りもまばらな施設の通路には、ウレタンのマットが隙間なく敷かれている。店内は暖房が過不足なくきいていた。
「……まさかまだ厄介になるとはな」
「お兄ちゃんが引き受けたんでしょ?」
奈々華はこの話題を振った始めから機嫌が悪くなった。ひょっとすると坂城と仲が悪いのか、と仁は困惑した顔で米神のあたりに手を動かした。
「頭なんか撫でちゃって……」
どうも旗色が悪い。奈々華はそっぽ向いたままで、なおもぶちぶち不平を並べている。
「車も欲しいな」
仁は強引に話題を変えた。
「そんなお金ないでしょ?」
「大丈夫だよ。坂城でも恐喝すればいい…… 報酬も入るし」
ほんの一瞬、妹の奈々華でなければ見逃すような、仁が下唇を噛んだ。奈々華は気付かないフリをした。
「別に不便じゃないじゃん?」
「……ソファーは配送してもらうにしても、布団はやってもらえないだろ?」
インテリアの専門店が見えてきた。店先に奇妙な形をしたスタンドライトが置かれている。値引きセールと書かれた垂れ幕が掛かっていた。奈々華が先んじて店内に入る。と言っても一々店舗ごとに扉があるわけではなく、マットの切れ目から店の敷地になっている。いらっしゃいませ、と気の弱そうな店員が微妙な声量で二人を迎えた。
「お兄ちゃん真面目に授業聞いてないでしょ?」
「そんなことはないよ。毎回毎回全身全霊で聞いている」
くるりと振り返った奈々華はジト目。
「嘘」
仁は口をへの字に曲げて、曲げた方向に視線を逸らした。
「……授業でも言ってたよ。この世界は風魔法が流通に革命をもたらしたって」
奈々華の説明では、最近は猫も杓子も緑の魔術師を雇って配送サービスに当たらせているそうだ。荷物や商品が空を飛び、客の下、仕入先の下へと運ばれる。長距離の配送では、適宜中継地点が置かれ、魔術師から魔術師へ、そして目的地に、という構図。荷物同士の接触事故を避けるため、業者や会社ごとに配送ルートや時間帯をずらすという新たな試みも模索されているという。
「へえ。空を荷物が飛んでんのか」
その不思議な光景を仁は頭で思い浮かべようとしたが、自分がこちらに来て、まだタバコ以外の固形物を購入した覚えがないことに行き当たった。
「やっぱり聞いてないんじゃない」
もう、と奈々華。それでも嬉しそうに見えるのは、仁との時間が楽しいから。
「さあ、とりあえずベッドの脇におけるスタンドでも買うか」
そう言うと、照明を取り扱ったコーナーに目を向ける。奈々華もこれ以上は野暮と感じたのか、言っても無駄と思ったのか、大小様々な商品に目を配るのだった。
結局二人が並んで座れそうな割と大きめのソファー、奈々華がデザインがいいと言ったそれには背もたれに可愛らしい熊の刺繍が施されている。それからスタンドライト二つ。色違いの同じ型を買った。コタツ布団も奈々華が選んだ熊のアプリケット入りのもの。ライトは持って帰れそうだったので包装に包んでもらい、ソファーとコタツ布団には空を飛んでもらうことにした。エアコンは坂城から来たメールに修理を頼んだから買うなとの旨。買い物を終えた二人はモールを後にした。外は立冬も近い秋の夜長を迎え入れ、体の芯を冷やすような冷気に奈々華が一度身震いした。
「……奈々華ちゃん、コレ」
ひょいっと奈々華に向かって小さな紙の袋を投げた。目を丸くしながら奈々華が両手でそれをキャッチする。何これ? と袋と仁の顔を交互に見る。
「お礼さ」
「お礼?」
開けてみてくれと小さく笑む。奈々華が不思議そうな顔で封を切ると、中からはテディーベアをあしらったデザインのヘアピンが出てきた。高価なものには見えなかったが、茶色と黒の洗練されたデザイン。
「……慰めてくれた礼」
訝しげに眉を寄せたままだった奈々華はようやく合点がいった。理解して嬉しくなった。たたたと兄に駆け寄ると覗き込むようにその顔を見上げた。仁は気恥ずかしそうに目を合わせない。
「ありがとう!」
少し大きすぎる感謝に、道行く何人かが二人を不思議そうに見ていた。