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第一章 第四十四話:哀歌

店のシャッターにもたれかかり、タバコをふかしてばかりいた。

仁は嫌なこと、考え事があるといつもそうした。意味もなくタバコに火を点け、吸うでもなく煙の行方を目で追いかける。ひどいときには一口も肺に煙を迎え入れることがなかったりする。

「……」

「……主よ。どうして我を置いて行きなさった?」

仁の腰には、いつもと変わらず当然のように村雲が納まっていた。

「本当プライバシーもクソもあったもんじゃないのな……」

一人になりたいとき。精霊にはわからないのかもしれない。

「それは、妹殿にこそ言えるのではないか?」

確かに、と鼻先で笑った仁は、それ以上会話を続ける気はなさそうだった。

「……」

「……人を殺した象徴だからか?」

やや躊躇いがちに、それでも聞いた。

「……」

「我を持っていると、近藤を刺した感触が蘇るよう…」

「うるせえよ」

「……」

すっかり人通りも落ち着いた中谷の街並みは、冷たく眠るようだった。往来を行き交うのは、刹那的に生きる若者や、仕事帰りの帰路を急ぐサラリーマン、水商売らしい女性たち。皆仁を不思議そうに見やって、その風貌を確認すると足早に過ぎ去っていくのだった。片袖の燃えた、ボロボロのシャツに、同じく所々燃えたように縮れた髪。片頬には近藤が吐いた血が紋章のようにこびりついていた。

「怖いのか?」

「……」

仁がタバコを一つ、地面に擦りつけるようにして消した。また一つ性懲りもなく火を点けた。

「人を殺すのが怖いのか? 妹に軽蔑されるのが怖いのか?」

「……」

一口吸って、また咥えたままにしている。

「……近藤を殺した悲しみすらすぐに忘れそうで怖いのか?」

「うるせえって言ってるだろ。黙れ」

「人を殺すことに慣れてしまうのが…… 人を殺してもいつか何も感じなくなるんじゃ…」

「うるせえって言ってんだろ!!!」

隣の通りまで聞こえそうな罵声が響いた。咥えていたタバコがズボンの上を跳ねて、アスファルトの上を転がっていく。あまりの剣幕に人々が振り返る。振り返って、顔を血で染めた男が閉店後のシャッターの閉まった質屋の前で、鬼でも殺すような目をしているのを見て…… 弾かれたように顔を背けた。

「……」

「……人は自分の心を認めなければ生きてはいけないぞ?」

「……」

「いくら醜くとも、いくら間違っていようとも、それを認め、向き合わなければ、いずれは主自身が壊れてしまう。辛いのは分かる。苦しいのも分かる。だが……」

「……黙ってろよ」

言葉を尽くしても、今の仁にはそれを受け入れるほどの余裕はなかった。腰にぶらさがった冷たい相棒を、冷たい目で見下ろすだけ。

通りの向こうから、ストリートライブをやっている夢ある若者のギターと歌声が仁の耳朶を打っていた。バラードだろうか、とても滑らかに、とても切ない情感を込めた歌声だった。

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