第一章 第四十二話:罪深き魂たち
「 拝啓 城山仁君
君がこの手紙を読んでいるということは、俺は君に敗れてこの世にはいないのだろう。
まず君に言いたいのは、君が気に病む必要は何もないということだ。もしかしたら何も気にしてはいないのかもしれないが、もし自分が殺した、自分のせいで俺が死んだ思っているのなら、それは大きな間違いだ。悪いのは全て、弱い俺なんだ。君は大切なものを守るために立ち上がり、その外敵である俺を退けたに過ぎない。俺が君の立場でもそうする。俺が妻の死の現場に立ち会っていたなら、きっと相手を殺してでも守ったはずだ。だから君は当然のことをしたまでなんだ。
俺には来年、高校生になる息子がいる。思えば父親らしいことをした覚えなど皆無だが、とにかくいる。俺に似てひねくれたガキだが、可愛くないこともない。君に迷惑をかけるかもしれない。勝手な願いとはわかっているが、どうか一つ、会ったら導いてやってもらえないだろうか。父親の仇と、いきなり襲い掛かるような孝行息子じゃないけれど、何かしら感じてるものはあるだろうから、助けてやって欲しい。アイツは俺が組織で働いていることも知らない。母親は俺に愛想を尽かして出て行ったとだけ伝えている。もしアイツを守ることだけを考えて生きていたら、俺は違った人生を歩めたのかも知れない。
……話が逸れたな。とにかく君の優しさをどうか分けてやって欲しい。
最後に警告というか、助言をしておこうと思う。
君は強い。だが、フロイラインのボス、平内涼子もまた恐ろしく強い。だが君なら勝てると信じている。また勝手な願いだが、彼女を止めてやって欲しい。俺はあの子を討つことは出来なかった。実力が及ばなかったのもあるが、彼女はどうしようもなく悲しい子だ。会えばわかる。
もう一つ、国連には気をつけろ。特にAMCの<雷帝>には、気を許すなよ。
詳しくは自分で調べろ。俺がここで教えても、本当の意味では、君は理解できないはずだ。
君に会えてよかったと思っている。立場は敵同士だが、底のほうでは分かり合えたような気がするのは俺の独りよがりだろうか。
俺は煉獄に落ちるだろうから、天国にいる恵理香には会えないだろうな……
とにかくありがとう。それじゃあ 」
手紙を折り目の通りにきっちり畳むと、もとあった便箋にしまって、仁は空を見上げた。
日が暮れて紫色に変わった空には、もやのような雲がかかっていて、三日月をところどころ隠していた。
手紙をシャツのポケットにしまいこむと、再び街の喧騒を眺めた。あてもなくただ徘徊するだけの街並みはひどく空虚で、物悲しく思える。
手紙にあった息子さんというのはどんな人物だろうか。高校生になるということは、近藤はもう三十代ではなかったのか。戦いに身を置く者は、精悍で皆若く見えるのだろうか。
独りよがりだなんて思っちゃいないさ。
本当に良い人だったと、今でも思っている。どうして敵同士で出会ってしまったのかとも。
彼の叱咤は、今ならわかる。アレは自分に対しての言葉でもあったのだ。今更引き返せない道のりを、ただ大切な者のために出来ることを、歯を食いしばってでもやるんだ。ひょっとすると止めて欲しかったのかもしれない。平内だけじゃなく、自分自身も。
彼は煉獄に行ったのか。
ダンテの神曲には、煉獄より下はなかったっけ。だったら自分もソコに墜ちる。人を殺し、友を殺した自分も。彼が本当に会いたいのは、妻だろうけれど……
「……俺はまた ……会って話がしたい」
俯いて、形が変わるほど食いしばった下唇からは、うっすらと血が滲んでいた。