序章 第四話:岩
「お兄ちゃん……」
どうやら他人の空似なんて馬鹿げた線は消えたらしい。少女、奈々華は躊躇いがちに仁に言葉をかけた。
「……」
何とも言えない空気。仁は怒ったように表情を失っている。一方の奈々華も何か言いかけて、口を開いては結局何も言葉を発することなく、閉じる。丸々三十秒以上沈黙が続いた。
「どうして、ここに居るんだ?」
先に口を開いたのは仁の方だった。責めるようなトーンにならないように、気遣っているような雰囲気があった。だけど優しく問いかけていると言うには、ぎこちなさがある。
「……私も悪い魔法使いを倒すのに協力して欲しいって……」
奈々華も仁と同じような説明を受けた様子。仁が、そうかとだけ呟くと再び沈黙が訪れた。
「……」
「同室……」
「え?」
「同室でいいのか?」
仁は懐からタバコを取り出して、箱を開けることもなく、またしまった。
「うん…… お兄ちゃんは…… イヤ?」
「君がいいってんなら…… いいんじゃないか?」
仁は目を閉じて、眉間のあたりを掻きながら答えた。快諾には程遠い態度だった。
「仁さん、奈々華さん」
第三者の声が、部屋の戸をノックする音とともに聞こえてきた。そう言えばノックするのを忘れたな、と思って、仁はその理由に行き着いた。部屋の窓から外を見る。どう見ても昼時だ。
「準備が出来次第、私について来て下さい」
ドアを開けて覗いたのは、木室だった。多分構内を案内してくれるのだろう。
「俺はともかく、奈々華ちゃんは……」
「私も昨日来たばっかりで、お兄ちゃんも呼ぶっていうから」
その時に一緒に回るつもりでいたということか。
「それで授業も受けてなかったのか…… ていうか授業ってあるんですよね?」
最後は木室に顔を向けて、仁が確認する。学園というからにはあるのだろうが、精霊魔術を学ぶというのがどういうことなのか、さっぱり分からない。
「はい、ございます。今から行っていただくのは、その授業に出るための下準備の為の場所です」
下準備? と鸚鵡返しの仁と奈々華を余所に、木室はただ黙って廊下を歩き始めた。
連れて来られたのは、学校の敷地の裏側。裏庭と呼ぶべき場所だろうか。
中庭と同じように芝生が生い茂り、飛び飛びに石畳が続いている。その一番奥に、大きな岩があった。仁の腰辺りまでありそうだ。封印の効力でもあるのだろうか、お札のようなものが貼られている。
「アレは?」
奈々華が当然の疑問を口にする。
「精霊の居る世界と、こちらの世界を結ぶ…… まあ、パワースポットのようなものと解して頂ければ」
「下準備ってのは、まさかその精霊と交信しろってことですか?」
仁の疑問には、何も答えずに木室が目を瞑る。
次の瞬間、木室の傍に小さな馬が現れた。背格好は木室の膝辺りまでしかない。仁も奈々華も吃驚して口を大きく開いている。常人よりある程度、非科学的な現象に耐性のある二人をしても、突然の出来事に脳が事態を把握するのに時間を要した。
「雷馬と呼ばれる精霊です」
体色は普通の馬と変わらない。茶色い肌に、茶色いタテガミまである。面長の顔も同様。ただ小さいだけ。
「先程のご質問の答えがまだでしたね…… ご明察です。あなた方には、このような精霊と契約をしていただくことになります」
仁と奈々華は何と言っていいかわからず、木室の顔を見つめていた。