第一章 第三十九話:近藤
「魔霊合撃」
魔術師と精霊が容れ物を同じくする精霊魔術師の禁忌。使用者は一時爆発的な力を得るが、代わりに自らの体に多大な負担を課せられる。最悪の場合死に至ることもある恐ろしいやり方だった。
煉獄のヒューイット、近藤をしても精霊の力の全てを受けきれるものではなく、それでも体の大部分は炎に覆われていた。服も皮膚も燃えることなく、ゴウゴウと発火を続ける。炎に包まれたヒト。足元の土は悲鳴を上げるように白い煙を吐き出し、焦土と変わっていく。常軌を逸したその風貌に、仁が気圧されたのは一瞬。
炎を纏った拳が仁の右腕の袖口をかすめ、ジュッと嫌な音を立てる。瞬く間に仁のシャツは片袖のない前衛的なデザインに変わった。禍玉本体だけが持つ熱量をゆうに越えている。ヒリヒリと痛む右腕を、目玉だけ動かして確認すると、皮膚がただれていた。
「……」
攻防一体。隙がない。刀を入れれば確実に溶けてしまうだろう。唯一背中はほとんど炎に覆われていないが…… 近藤本人も何かしらの武術を修めているのか、常人の動きではない。背中を取るのは至難の業。近藤は仁の内心を見透かすように、距離を詰めてくる。ワンツー。
かすっただけでもあの威力。左右の動きだけでかわすのは危険と判断した仁は、瞬時にバックステップで事なきを得る。しかし、安心する間もなく今度は蹴りが飛んで来る。火の粉を撒き散らしながらしなる近藤の右足は、またしても虚空を切った。勢いあまってぶつかった地面がまたも一瞬で焦げ上がった。
「逃げてばかりじゃ勝てないよ?」
そう言って、後退ばかりを続ける仁に執拗に迫る。引き付けて、拳が振るわれる度に後退。反撃の糸口すら掴めない。防戦一方。一歩間違えば一瞬で蒸発する。神経を擦り減らす戦闘に、仁の顔には滝のような汗と疲労の色が浮かぶ。片や背中さえ取られなきゃダメージを受ける心配もない近藤。どちらが有利かは火を見るより明らかだった。
「……少し俺の話を聞いてくれないか?」
近藤は息こそ上がっているが、殺そうとしている相手に向けているものとは思えない、穏やかな声で言う。トントンとその場を跳ねるだけで、仁に向かってこなくなった。
「……トレース機能の話しをしたね?」
「……ええ」
近藤は今は闘う意思はないようだったが、それでも仁は油断なく目線を近藤から離さなかった。
「昔の癖なんだ。俺の妻はヤキモチ焼きでね…… 常に所在が確認できるようにしていないと怒られたんだよ」
「……奥さんは?」
聞きながら仁は既に答えはわかっているようだった。短い付き合いではあったが、近藤が理由もなく破壊に身を委ねるような人間には思えなかったから。
「死んだ…… 殺されたんだ」
近藤には努めて淡々とした声を出している雰囲気があった。
「フロイラインの幹部、煉獄のティターニア」
妻を殺したヤツの名前さ、と力なく笑う。
「……」
「妻はとろい所があったからね、魔術師同士の戦闘に巻き込まれたんだ。だけど理由なんかどうでもいい。妻がいなくなった…… それだけで俺の全てが変わったよ。ヤツに復讐することしか頭になくなった」
「もしかして、煉獄ってのは……」
「そうだ。ヤツを殺した俺が受け継いだ通り名だ」
ぴょんんぴょんと跳ねるのを止め、息を整える。
「でもどうして?」
「どうして敵がいた組織に入ったか、か?」
コクリと仁が首肯する。首肯して、近藤の目に再び強い光が宿るのを見た。一層足に力を込める。話は終わりで、また戦闘が始まるのだと思ったが、近藤の怒りが自分に向けられたものではないと次の言葉で悟った。
「……組織のボス、平内涼子を殺すためさ」