第一章 第三十八話:無力なる者達
「こっちの世界の携帯は便利というか、プライバシーがないというか……」
そう言って仁は近藤に携帯の画面を向けた。地図のようなものが映っている。
「ちゃんとトレース機能をオフにしとかないとダメですよ?」
トレース機能。その電話番号を登録してある携帯の現在位置を表示する機能。
「気付いていたんだね」
驚きも感慨もなく、近藤は淡々と尋ねた。
「三回はやりすぎだ、近藤さん。サルでもわかる」
仁がバサっと木の葉を一度蹴った。湿った土の上を、布団をはがれたねぼすけのように、団子虫たちが右往左往していた。
「……毎回毎回、俺のいない間に襲えたのは、アナタが俺と会っていたから」
近藤はポリポリと頬を掻いたきり、黙って仁の言葉を聞いていた。
「それに俺は学生だとアナタに話したことはありません」
「……」
「ここいらには中谷しか学校はありません。俺の風貌を見て、中学生なり高校生だとは普通判断しないでしょう?」
なるほどねえ、と感心したような声を出すが、近藤の顔には焦りはなかった。
つまりは最初から、仁に近づくために雀荘に出入りして知り合い、仁の行きそうな場所を徘徊し、出会ったときは即学園を襲撃。仁のギャンブルジャンキー習性や、学園の生徒として生活しているなどの情報は持っていたことになる。どうして漏洩したのか……
仁は諦めたように一度頭を振って、再び近藤の目を真っ直ぐに捉えた。
「……出来れば、もっと違う形で会いたかったですよ」
「……俺もだ」
以前仁が駆逐したあの丸い溶岩のような塊が、近藤の傍に舞い降りた。
「クソ!! 繋がらないか」
坂城はもう何度目かもわからない、意味のない行動を終えて焦りを露にした。仁はトレースモードはおろか、近藤との接触後は携帯の電源も切っていた。禍玉の襲撃と撤退のわけ、坂城だけは十分に理解していた。仁がヒューイットと接触したということに他ならない。ヒューイットも仁が相手では、学園の襲撃と両天秤というわけにはいかない。
「社!!」
社は風の流れで、離れた場所にいる人の気配を察知するという作業に従事している。玉のような汗を広い額に浮かべて、上司の命令をこなしているが、めぼしい成果は挙がっていないようだった。
「少し落ち着いたらどうですか?」
傍に控える木室が、歳相応に落ち着いた声で坂城を宥めた。未だ中庭に残っているのは、坂城と社、木室の三人だけだった。傷ついた者は手当てを受けに、無事な者は生徒達の統括にと走り回っている。ただ坂城だけは、発見次第仁の援護に向かえるように頑としてその場を動かないのだ。職務も立場も忘れ、ひたすらに仁の所在と、無事を今か今かと待っている。
「敵は強大です。しかし、仁さんならきっと大丈夫だと信じていましょう」
「仁を見殺しにすると言うのか!」
苛立ちは怒声に。坂城は敵でも見るように、公私共に支えになってきた老齢の魔術師を睨みつけた。
「アイツは…… アイツはこの学園を守るために闘っているんだぞ! 私の学園を守るために!」
感情が抑えきれずに、坂城の目からは涙が零れる。それでもなお目には鋭い光を宿していた。
「だから、落ち着きなさいと言っているんです。仮に彼の居場所を見つけたとして、そんな精神状態では助太刀にもなりません。今はただ信じるのです。耐えるのです」
静かに紡ぐ言葉とは裏腹に、木室の手は血管が浮き出るほどにきつく握られていた。木室も同じ気持ちなのかも知れない。学園を守ることすらろくに出来ず、本来関係のない仁に全てを委ねている。今もこうして阿呆のように口を開けて待っているしか出来ない。
時間だけが過ぎていく。社の額の汗が増すだけで、一向に仁が見つかったという報告は上がらなかった。