第一章 第三十三話:踊る会議
いい感じだ。さすがにいい感じだ。どんなに悲観的に見ても、悪い方向には転がっていない。
たまには外でタバコを吸ってくるという仁を部屋から送り出し、恒例となった「仁との距離を縮めようの会」はいつもの面子、奈々華とシャルロットだけだが、いつもの場所で開かれていた。開始早々、にやけっぱなしの奈々華は、シャルロットに抱きついたり、クッションを顔にかぶせて悶絶したりと忙しない。
「まあ、良かったね」
その余りの喜びぶりに、シャルロットはそんな言葉しか浮かばない。うん! と力一杯頷く奈々華を少し冷めた目で見る。
「しかも私を庇ってくれたんだよ!!」
「そうだね」
口では自分が気に入らないから、なんて言っていたが、奈々華には分かる。アレは奈々華を気遣ってくれたのだ。もし包み隠さず、お前を守るためだなんて仁が口走っていたら、奈々華の転げまわるスピードは今の比ではなかっただろう。
「それにしても、アイツあほだろ」
仁は簡単に奈々華と二十四時間一緒にいるという条件を呑んでしまった。気付いた様子もない。何度か約束を履行して始めて気付くのだろう。
「いいの! お兄ちゃんがあほな分、私がしっかりすればいいんだから」
まさにベストカップル! とまた悶絶を始める。
「アンタも十分あほだよ」
学園長室。アルミだかスチールだかの安っぽい灰皿にタバコを押し付けた仁が、ゆっくりと口に残った煙を吐き出した。ソファーの対面に座る美女に眠たげな目を向ける。
「どうだった? はぐれ精霊狩りは?」
「知ってるくせに……」
全ての課外授業の詳細、特に仁と奈々華は重要人物であるため、その行動は逐一下から報告を受けていると以前坂城が自分で仁に話していた。
「あまり人に実害を加える精霊じゃないんだがな」
彼女が言っているのは、風の子供のこと。アゴに手を当てて、わざとらしく考え込むフリをする。最近になって仁はこれが彼女の癖なのだと分かった。このことについても彼女なりの答えは出ているらしい。
「……黒の魔術師は嫌われ役なんだ」
仁の予想通りでもあったのか、その表情に変化はない。頬杖をついて、壁に突き刺さった鹿の頭部の剥製を虚ろな目で見ていた。
「社についてもあまりイジメないでくれ」
そんな仁の様子に構うことなく、くすくすと含み笑いをする。
「あれは、中谷に心酔していてな。でも黒の素養がなくて仕方なく緑を取った」
「ふうん」
「やっかみだよ。いい加減慣れろ」
仁に常につきまとう羨望と嫉妬。坂城が不思議そうに首を傾げた。
「本当のことを言わないのか? 奈々華をかばったんだろ?」
「……」
「おかしな男だな。兄妹愛を恥ずかしがる歳でもないだろう?」
坂城が今度は本当に分からないといった表情で、仁の顔を覗きこむように身を乗り出した。
「……社の件、気をつけるよ」
何が気に障ったかも分からないまま、坂城は慌てて話題を変えた。変えたつもりがまだ奈々華の話だった。
「それにしても、奈々華もかなり優秀だな」
「……どうして?」
「君は特殊だが、普通は精霊を召還して、一週間やそこらでまともな魔法は使えない。まずは精霊との同調を深めてだな……」
「そんなことまで調べてんのか」
口調に棘はない。しかし、相変わらず焦点の合わない視線を壁に送りながら出る抑揚のない声は、どうしようもなく聞く者を不安にさせた。奈々華が魔法を使ったことまで知っている。本当に逐一。
坂城は失言だったのかと、続く言葉を引っ込めて、ひたすら自分に合わない仁の目を見つめていた。