序章 第三話:同居人
それから世界は科学技術と、精霊によってもたらされる魔法の力で目覚しい復興と発展を遂げた。
朝鮮戦争と、それに伴う戦争特需によって日本経済は復興の道を歩んだ。戦争と発展の相関は仁が知る限りでも枚挙に暇がない。
だがしかし、新しい力は世界の発展に寄与するだけでは収まらない。
皆が皆正しい倫理観を持つとは限らない。人を傷つけることにその力を利用する者が現れるのは必然。
「魔術師による犯罪集団…… フロイライン」
「そう。世界中が血眼になって捜しているにも関わらず、未だ足跡はつかめない」
女が難しい顔をして言う。
「幹部クラスになると、国連から多大な懸賞金をかけられている国際犯罪者だ」
仁は事情が飲み込めているのか、いないのか、後ろ頭を掻きながらつまらなさそうな顔で聞いている。
「その内の一人、煉獄のJ・J・ヒューイット」
それが仁の標的だった。名前だけ見るとアメリカ人か。
「恐らく偽名だと思うが……」
「まあとにかく、ソイツをぶっ飛ばせばいいんだろ?」
仁の声には全く気負いは感じられない。女は黙って首肯した。
「それじゃあ、やってくれるんだな?」
「まあ…… やれるだけやってみるさ」
初めてやるゲームの話でもしているような気軽さ。女は少し不安そうに眉を寄せた。
「それじゃあ、君の部屋は二階の一番左奥だ」
交渉が終わり、仁はとりあえずの部屋をあてがわれることになった。どうもこの学園は全寮制らしく、他の生徒との相部屋になるとのこと。
「なあ…… 個室にならねえか?特待生とか何とか言って」
仁はさっきからそんなことばかりを言っている。彼の人生の中で、他人と同室で暮らすのは初めての経験なのだから無理もないのだが……
「ダメだ。君だけ特別扱いするわけにもいかない。君にはあくまでも一高校生として振舞ってもらう」
学園長の返事はその一点張りだった。ちなみに彼女の名は「坂城遊庵」と言うらしい。
「奇特にも君のようなオールドルーキーと同室でも構わないと言ってくれる者がいただけ僥倖だろう?」
「俺だって好きでそんなんなったわけじゃないんだけどなあ」
言いながらも仁の頭は、まだ見ぬ同居人についてあれこれ想像を巡らせていた。
「とにかく、もう着いた。私は忙しいのでこれで失礼するからな…… 仲良くやるんだぞ」
坂城はそれだけを言い残し、元来た道を戻っていく。背を向けたまま、ひらひらと手の平を振っている。
仁は溜息を一つ吐くと、目の前の扉を見た。
二階部分は、丸々生徒達の寮としてあてがわれているらしく、ここまで没個性の質素な扉がいくつも並んでいるのを仁は見ていた。茶色い木の扉と同質のドアノブ。
緩慢な手つきで、仁はそれを捻って戸を開けた。鍵はかかっていなかった。
仁の視界に飛び込んできたのは、廊下と変わらない石造りの壁。キレイに整えられた家具の数々。
部屋の中央、ピンクのカーペットの真ん中に少女が座っていた。
艶やかな黒髪は腰のあたりで、軽くウェーブがかかっている。細く高い鼻梁に、見開かれた綺麗な二重の双眸。小さな唇には薄くピンクがかったルージュが引かれている。
「君…… 俺の妹に似てるね」