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第一章 第二十九話:世捨て人

次はこちらでの生活におけるインフラを整備しないと、いけなかった。

差しあたって急を要するものとして、携帯電話が上げられる。前回、前々回と何とか間に合ったものの、このまま相手が仁の居ぬ間に学園を襲うようだと、後悔する事態になるかもしれない。文明の利器を活用しない手はなかった。

「悪いな、付きあわせちゃって」

廊下でプラプラしている行方を見つけて、仁は街まで買い物に付き合わせた。何となく携帯に詳しそうだという理由もあったが、あまり役には立たなかった。

「まあ、暇だったし。いいわよ」

交換条件に出した、夕飯を奢るという約束の後、行方は調子良くついて来た。結局景気良く飯を食わせただけ。相変わらずの雑踏に辟易気味の仁は、早く帰りたくて少し足を早く動かしていた。

「……でも、こんなとこ学園長先生に見られたら大変ね」

街の中心部に向かう人々に逆行するように丘に向かう二人。慣れているのか、道脇を進む行方が涼しい顔で言った。どうして? と目線で尋ねる仁に、意地の悪そうな笑みを返す。

「授業中に見つめ合う二人。有名だよ? 炎の巨人の件もあるし」

確かに、最近坂城は自分が受け持つ一年三組の授業中、仁のほうに視線をやりながら進めることが多くなった。視線に気付いた仁が微笑み返すと、慌てたように視線を逸らしたり、黒板にわざとらしく向き直ったり。

「最近真面目に出てるから、珍しいんだろ」

「うわ、余裕。何かむかつくな」

行方が大袈裟におどけるもんだから、隣を歩く仁があおりを受けて通行人と肩がぶつかった。

「……それにしても、うちのクラスの連中は陰険すぎるな。影で何言われるかわかったもんじゃない」

「まあね…… それでも出てるのは、やっぱり妹さんのおかげかな?」

茶化すように言った行方は、仁の無表情に口を閉じざるを得なかった。

「……あの子にはいつも迷惑をかけてばっかりだ」

行方は仁の横顔が一瞬翳るのを見た。



行方と別れた後、いつまでも仁は中庭の片隅でタバコをふかしていた。日の落ちた中庭は所々まだ芝生が剥げている。巨人との戦いの爪跡。まるでその場所だけ、ぽっかりと地面の奥底まで続く穴が開いているような錯覚を覚える。深く、暗く、空ろな……

「戻らんのか?」

腰にぶら下げた村雲が声を発した。仁は用心のため、最近は村雲を持ち歩くようにしていた。

「……」

「妹が心配しているんじゃないのか?」

「……さあね」

「あんなに可愛いらしい妹に懐かれて、坂城殿とも関係は良好なのだろう? クラスの対応は冷たいが、それなりに楽しそうにしてもよいのではないか?」

村雲の言うとおり、仁の生活はそれなりに恵まれているように、傍目からは見えた。

「……楽しそうに見えるか?」

力なく笑う仁の口から、千切れた白い煙が零れた。

「俺が望んだものじゃないよ」

吐き捨てるように言い切った仁を見ていると、村雲はかける言葉を失った。

「……随分と久しぶりなんだ。こんなに人と触れ合うのは」

「……」

「三年間、一人だった。俺が望んだんだ」

フィルターまで燃え進んだタバコを踏み消すと、また新しいものに火を点ける。

「……楽しくないことはないよ。でもそれ以上に、鬱陶しくて、虚しいだけ」



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