第一章 第二十六話:巨人の顎門
巨人の心臓部、小さな核があった。丸いテニスボール大の溶岩のような色をした核。
あそこから巨人を形作る炎が生み出されているのだと、坂城はあたりをつけていた。手足や胴体、頭など骨や肉があるわけではなく、炎が構成しているだけだ。
「あの核を叩けば……」
坂城の傍に控える、青いトカゲのような生物、彼女の主精霊水棲トカゲの<メイスン>も同意見だった。
「メイスン。相性はいいのだから、仁が戻るまで耐え切るぞ」
静かに闘志を声にこめ、坂城は巨人にメイスンを向かわせた。
自然の摂理として火は水に弱い。そのはずだったのだが……
炎の勢いは強く、坂城の両の手から放たれる水の弾、氷の弾は、巨人の体に触れた瞬間蒸発して、水蒸気を立てるだけの装置と化している。メイスンにとっても同じことが言える。炎の拳や蹴りを水の膜を張って凌ぐだけ。それすらも、高さと質量のある拳が当たる度によろけるようにして後退する。万全の防御とはとても言えない。
防戦一方だった。
「くそ! 勢いが強すぎる」
彼我の実力差を認めざるを得ない。赤の魔術師は、青の魔術師を凌ぐには倍近い実力差が必要だと言われている。なのにこの体たらく。少々の火ならば消せるのだが、あまりにも勢いよく燃え盛る炎の前では坂城の攻撃は水鉄砲に等しい。
「こんな屈辱……」
言い切るが早いか、メイスンの体が巨人の強烈な蹴りを受けて宙に舞い上がる。ぼたっと小さな音を立てて芝生の上に落ちたメイスンは、その鱗の所々が黒く変色している。防御を破られて火傷を負っていた。
自分の精霊を心配する間もなく、巨人が坂城に向き直った。
周囲の空気を陽炎で歪めながら、猛然と走り来る。
精霊を失い、成す術もなく、坂城は瞼を閉じた。
あまりにも情けない最期。結局仁が来るまでの間も保たなかった。頬を一筋の涙が伝う。
何が日本最高の青魔術師だ! 抜群の相性を誇る赤魔術師に赤子のように屠られる。
何が史上最年少の学園管理者だ! 背後に大勢の未来ある学生を残して自分は散る。
悔しい。情けない。怖い。
「……風?」
突如、誰かに掴まれた感触。坂城の体は宙に浮いた。
「ぼーっと突っ立ってたら危ないよ?」
聞きなれた声。眠たげな細い目と、それを覆うような長い前髪。仁は坂城の背中と膝裏に手を当てて抱き上げ、巨人の拳を間一髪かわしていた。
「仁! 遅いぞ」
口ほどには怒りはない、穏やかな顔。まるで恋人に出会ったように安心しきった表情。既に心の中では死への恐怖も、屈辱も霧散していた。
「ゴメンな。怖かったろ? もう大丈夫だから」
子供にかけるような優しい声音、手つきでゆっくりと芝生の上に坂城を下ろす。巨人は一瞬何が起こったのかわからず、きょろきょろと顔を回したが、二人の姿を見つけると血気盛んに両拳を突き合わせた。
「……さてと、反撃開始かな」
仁の双眸が妖しく光った。