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終章 最終話:極楽鳥が鳴く時

仁はずるずると落ちていく坂城の体をじっと見つめていた。それはついに、これまで屠ってきた誰ともそっくりに、地面に突っ伏して動かなくなっていた。仁はそうなってもしばらく、虚ろな瞳でそれを見ていたが、やがて頭を大きく振って、後ろを振り返った。奈々華はすぐ傍まで来ていて、仁の体を赦すように包んだ。

「なあ、奈々。俺おかしいんだ」

仁は焦点の定まらない瞳で遠くを見ながら言った。コンクリートの破片がポンポンと足元まで転がってきた。骨組みの大切な場所を壊された小さな雑居ビルが、ついに耐え切れなくなって今しがた倒壊したのだった。丁度奈々華がぶつかったビルの残骸がある、その隣だった。

「酷いことしたのに、涙が出ないんだ」

「……お兄ちゃん」

「胸が痛いのに、涙が出ないんだ」

数ヶ月時間を共有した人間を自ら殺めたのに、仁の瞳は乾いていた。

「俺おかしくなっちゃったのかな?」

だけど奈々華が抱く仁の体は、小刻みに震えていた。恐怖なのか、怒りなのか、悲しみなのか、もう彼自身にもわからないのだろう。

「カティに挨拶してないや。行方に世話になりっぱなしだ。静が行ったら、吃驚するだろうな」

ぶつぶつと。二時間前に唱えた読経のようだった。遠くにキャンプファイアーのように火の手があがっていた。車が出火元だが、冬の夕暮れの乾いた空気の中では面白いように火は広がっていた。

「説明しておけばよかったな」

それは行方にか、カティにか。巨大な鬼が迎えに行くことになるかもしれないと。戻って来ると言われてぐずらせることなく行方におとなしく預けられた子供に、もう自分は帰ってこないかもしれないと。

「……あっしが何とか丸く収めときますよ」

静がおずおずと口を開いた。仁は「すまないな」と返した。

「お前にも世話になった。賭けは俺の負けだな。最後に俺は笑っていない」

「……いえ。あっしの負けっす」

仁は少し下を向いて静を見た。顔色は窺えないけれど、村雲亡き後名実共に相棒として共に過ごした相手が何を言わんとしているのか、何となくわかった。

「アンタはまた立ち直れるっす。一つ折れない魂を見つけたアンタは」

「そうだろうか?」

いや、そもそも彼は今、打ちひしがれているのかも自分でわかっていない。

「ええ。だって今だってこれからだってアンタはその折れない魂に、抱かれているじゃないすか?」

仁は半信半疑の目で静を見つめたが、返ってきたのは「もう行くっす」という力強い声だった。刀身はさっきまで仁が纏わせていたのと同じような漆黒に包まれて、仁は優しく地面に突き刺す。霧が晴れると青鬼が優しい目で笑っていた。


仁はメールを打った。曰く「ヒメネス含め四つの死体をどうにかして丁重に葬って欲しい」ということと「近藤の遺骨を代理に受け取って、墓に納骨されるのを見届けて欲しい」ということ。「自分が持つ大金を銀行から下ろして、ヒメネスの残された家族へ送って欲しい」ということ。口座に繋がる暗証番号も付記した。通話をして、声を聞くのは今の仁にとっては辛かった。広畠にメールを打つのは初めてで、これで終わりだった。最後に「無理ばかり言って申し訳ありませんが、何卒お願いします」とつけて送信した。



名を「極楽鳥」と名乗る坂城の精霊は、主との盟約を忠実に守る気概を持ち合わせていた。「私が死んだ場合、彼ら兄妹を元居た世界に帰して欲しい」それが坂城の最後の願いだった。

極楽鳥は、ついさっきまで刃を交えた男、主を殺した男によくすることに積極的ではないようだが、与えられた使命だと自分に言い聞かせることで何とかそれを遂行しようとしていた。

「早くしろ」

極楽鳥は冷たく言い放った。彼にはその権利がある。仁はそう思った。

虹色の、膨大な光が兄妹の周囲を包む。それは光の柱となってはるか遠方からでも見止められる。それは街を無くした人々の希望の光になって各々の目に届くのだろうか。はたまたまるで悪魔の儀式のように映って、更なる破壊をもたらす予感を与えるのだろうか。

「結局俺は何もかも人任せだな」

仁が目元を擦った。涙はやはり出ていないから、それは左目の長時間使用のせいで訪れた睡魔に抗うためだった。

「……」

「もっとやりようがあった筈だ」

最後の尻拭いを静や広畠に頼んだこと。殺したくない人間を多数殺める羽目になったこの場所での立ち回り。

「さっきの話だけどさ。お兄ちゃんは大丈夫だよ」

奈々華が両拳を作って対面に座る仁に元気な声をかけた。後光が差したように、六色に照らされる奈々華に仁は目を細めた。極楽鳥はそのサークルの外、瞳を閉じて囀っている。それは魔術師の詠唱にあたる。段々と囀りは大きくなり、光も強くなっている。いよいよこの異世界との別れは近づいている。名も知られぬ男が世界を救い、傷ついて帰る。

「どうしてそんなことが言える?」

奈々華は座ったまま仁の傍までにじり寄り、その顔を抱き締めた。会ったこともなくて、これから先会うこともないだろう母すら投影している節があることを知るかのように、奈々華は優しく胸に抱く。

「壊れてるのはお兄ちゃんじゃなくて、世界の方だよ」

ほら、と奈々華が目元を拭ってやると、その指はじんわりと生暖かい湿気を帯びていた。

「……あくびだよ」

クスクスと奈々華。だけど現に仁は眠たそうで……

「そうだね。今は眠って。辛いことも悲しかったことも忘れて……」

奈々華が眠りを誘うように兄の前髪を撫で付けると、仁は意識を手放した。

「そう。私だけはずっと居るから、安心して」

光は輝きをいや増す。もうお互いの顔も見えないくらいの眩さの中で、兄妹は互いの体温を通わせていた。


極楽鳥が大きな声で一つ鳴いた。



         妹の異世界譚 <了>

冗長だけが取り得のような拙作にお付き合い下さり、ありがとうございました。

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