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終章 第二百四十一話:プリズナー・オブ・ハー・オウン・ディヴァイス

仁はデジャヴのような光景に目を細めながら小さく苦笑した。彼の目から見える光景は、彼の妹が魔術を打ち消す光を放つ背中だった。カウンタースペル。光の玉はみるみるその輝きを失い、やがて消えうせた。惑星を吸い込むブラックホールのようだった。だけどそれは光っている。仁をいつも優しく照らす。奈々華がてこてこと戻ってくる。誉めて欲しそうに仁の傍まで。仁は自然に、ごく自然に手を出して奈々華の頭を撫でた。まるでそこだけ戦場から切り離されたような和やかさがあった。だけど実際には確実に当事者で、それは全く異様で、怖気を覚えたのは静だけだった。

「どうしてだ?」

坂城の声は戦場にあって通った。仁の耳まで届き、奈々華の耳まで届き、ミルフィリアの耳にはもう届かなかった。奈々華を突き飛ばすようにして距離を取らせた仁が襲い来るワイバーンに刀を振るう。ガキーンと小気味よい音を立てるカギ爪と刀。口先から凍てつく吹雪。仁は刀を引いて体も退げる。

「どうしていつも私の邪魔をする?」

坂城の瞳には、確実に憎悪の炎。それは奈々華に向けられている。剣戟の合間を縫うようにして本人にも聞こえたようだ。そして奈々華は笑う。鈴を転がしたように、何でもないことのように。

「兄を殺されそうになって守らない妹は居ません」

そういう狭い局面のことを言っているのではないことは明白だった。聞こえても聞こえなくてもいいような声量は、果たして坂城に聞こえた。坂城は既に無警戒に距離を詰めていた。

「お前さえ居なければ……」

「兄を幸せに出来ない人に託すことは出来ません」

「どうして幸せに出来ないと断言できる?」

「貴方の愛は薄っぺらい。もらうことだけを前提にしている」

奈々華が勝ち誇ったように笑う。奇異に映ったのはやはり静の目にだけだった。

「だから誰も貴方を愛さないんですよ」

可哀想な子。近藤の言葉を奈々華は知らないのに、それは奇しくも同意見となった。

坂城の瞳に宿る怒りや憎悪、負の感情が強くなる。その底流は圧倒的な殺意。仁に向けるより強く。

「姉様。足止めを頼みます」

酷く冷たい声。もうそれもミルフィリアの耳には届いていないだろう。理性を失っているのは、対峙する仁が一番よくわかっている。攻撃も粗く、単調で、受ける場面も減り、段々と楽にかわされるようになっている。終わりが近づいている。坂城が距離を取る。再び数十メートルは離れただろうか。詠唱に入った彼女の体は虹色に光っていた。


ヒュンと風を切る音がして、それは仁の体とは離れた明後日の方向を掻く。目が暗くなっているのかもしれない。それでも体だけが狂ったように爪を振るう。遅すぎて仁は優雅に踊るようだった。片翼が溶けるようになくなった。バランスを崩した体が宙で大きく傾く。そのまま翼を失った半身の方から地面に突っ込む。地面に墜ちたときにはもう片方もなくなっていて、腕だけが残っている。鱗がボロボロと剥げ落ちる。うつ伏せたミルフィリアに仁は瞳を閉じて首を振った。ザリザリと歩を進める音は、彼女には死神の足音だろうか、終わりを告げる福音だろうか。ピタリと彼女の頭の先で足を止めた仁は口を開く。

「君は…… 死に場所を探していたのか?」

「……さあ」

いつものように飄々と。

「誇っていいですよ。私が惚れたんですから」

「……すまない」

「謝ればいいってもんじゃないですよ」

「……すまない」

ミルフィリアはゼイゼイと荒く苦しい息を吐きながら小さく笑った。そして胸元から短刀を取り出し、安全のために巻かれていた白い布を解くと、白銀の刃が光った。仁はどんな顔を作って良いのかわからず、顔中の筋肉を意識的に強張らせて、ただミルフィリアの頭を見つめていた。

「ありがとうございました。私の両親を私のエゴから解放してくれて」

「……ああ」

「卵を落としたのは私です。貴方の反応を見て、刀を覚醒するように進言したのも私です」

「……ああ」

「私のこと…… 憎いですか?」

「……」

「……最低ですね。でも貴方のそういうところも嫌いじゃなかったですよ?」

また小さく笑って、

「……ユーアースィミラートゥーミー」

ミルフィリアが短刀を自分の首に突きたてた。

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