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終章 第二百四十話:傀儡

特殊な保存法のおかげか、原形を留めている二つの遺体が唇を動かし続ける。そこから音は出ないのに、契約した精霊もとっくにこの世界に居ないのに、二つの遺体は詠唱時特有の光を放つ。恐らく坂城の魔力、ひいては坂城が精霊である巨鳥の魔力が流れ込んでいるのではないか。仁が駆ける。翼を得たミルフィリアがばさばさと宙を舞ってそれを追う。彼女に残された時間は少ない。ヒメネス、元はヒメネスだった死体は、幽鬼にでも乗っ取られたように左右に振れながら、奈々華に近づいていた。詠唱の途中、少女達は回避もかなわないまま、仁の刀に斬り伏せられる。その目に恐怖も痛みもなくて、仁の目にもまた感情が窺えなかった。二つの遺体は、衝撃に倒れ、またのそのそと起き上がる。急所を突かないと、完全に動きを止めることは不可能だった。仁の胸の内に、微かに残る理性があるとするなら、死者をこれ以上死なせることへの罪悪感があるのかもしれない。若しくは動きを止められればそれで十分と言うことなのかもしれない。ヒメネスへと猛然と駆ける。やはりミルフィリアが追う。坂城はゆったりと瞳を閉じ、何かしら詠唱を始めていた。感傷を言えば、最悪の光景以外の何ものでもなかった。共に過ごした彼、彼女等が敵味方に分かれて雌雄を決する。少なからず好意を寄せていた相手に、形振り構わず美貌を捨て、命を捨て、牙を剥く二十歳にも満たない少女。愛し愛されることを望み、家族になろうと伸ばした手を振り払われた少女。愛はそのままひっくり返って憎しみや絶望に変わった。良かれと思って動いた青年は失望と悔恨を胸に刻み破壊に駆ける。交わっているようで彼らの道は最初から違えていたのかもしれない。


ヒメネスの心臓は一突きした。仁は先の少女二人に刀を振るった時と変わらず、感情を発露しないまま、動きを止めた体をそっと地面に寝かせた。その手つきはとても優しくて穏やかだった。そっと瞼を閉じさせる。

「……奈々華。離れてろ」

そしてもう後数歩のところに居る奈々華に声をかけた。その声がいつもより低くて、奈々華は仁の左目を見る。くるりと振り返った仁はその反動で刀を振るっていた。ミルフィリアのカギ爪と静がぶつかり金属音を奏でた。もうほとんど原形がわからないほど翼竜と融合していた。目元だけは涼しげに。翼のすぐ下にシミひとつない白い腕が生えていた。仁はそんなグロテスクな彼女から目を背けることは出来なかった。彼女を、彼女等をそうしたのは他ならぬ彼だった。背後からの攻撃が失敗に終わったミルフィリアはあっけなく体を退く。入れ替わりに小さな太陽のような発光体が飛んでくる。エリシアが詠唱を終えたのだ。仁にぶつかる前に、奈々華が同じものをそれにぶつける。皮肉にも、坂城の見立てどおり奈々華もかなり優秀な魔術師だった。時折教科書を片手に魔術の練習をしているのを仁は見ていたが、詠唱もなしに幾ら死したとしてもフロイラインの魔術師が長い詠唱を経て打ち出した魔法を打ち消すに足るものを放つほどに成長していたとは思っていなかったらしく、ほんの少し驚愕の色を目に浮かべる。しかし感謝や謙遜や驚嘆の言葉を交わす暇は二人にはなく、続けざまに突風が吹く。今度は柿木。だがそれは仁や奈々華を対象にはしておらず、ミルフィリアの体を横へ運ぶ。何事かと、仁がその翼竜の行き先まで目をやりかけて、真正面から強い光を見止める。数十メートル離れた場所の坂城。さっきのエリシアのものとは比べ物にならないほど大きな、それこそ太陽が地上に降りてきたような光。とても直視できたものではない、眩い光。

「死ね」

坂城がそう呟いたと同時に、光は放たれた。軌道上に居た二つの死体が一瞬で消え去るのが微かに仁の目に留まった。


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