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終章 第二百三十八話:終わらぬ犠牲

鎮魂を与えられなかった死者はどこへ行くのだろう。仁の目の前を行くように、永劫彷徨うようにふらついた足取りで何里も歩くのだろうか。ただ今生ではなく死の世界をふらふらと。仁の胸に渦巻くのは純粋なる怒り。近藤すらそれらの列に加わっていたかもしれないのだ。そして仁が彼の姿を見止めたとき、彼の限界は訪れた。

「どうするんだよ?」

三つの死体が歩いてくる。必要以外の場所には力がこもっていなくて、手はブランとだらしなく垂れ下がって、目に生気はなく、顔は青白くて。二つは仁が討ち取った敵の少女。エリシアと柿木。問題はもう一つ。二つと同じように足を引き摺るようにして近づいてくるその死体に、仁は悪夢のような眩暈を覚えていた。

「どうするんだよ?」

壊れたようにもう一度同じセリフを同じトーンで。熱にうかされているようでもあった。

「どうするんだよ! そいつには!」

祖国に兄弟を残して出稼ぎに日本にやって来た青年の末路は、あまりに悲惨なものだった。思えば仁は彼に対して弟のような感情を抱いていた。しかし同時に尊敬の念も抱いていた。

「どうするんだよ……」

仁の首がガクリと落ちる。ヒメネスは答えない。何度見たかもわからない、口を利かない死体なのだ。ザリザリと粗い砂やコンクリートの粒が落ちた道を、元凶の少女が涼しい顔で歩いてくるのが、死体の列の向こうに見える。仁から数メートル離れた場所で死体たちは止まる。一斉に光りだす肉塊。奈々華が仁に悲痛な声で前を見るように促す。仁は夢破れた若者のように下を向いたきりだった。



悲しみと怒りは混在した。自身の不甲斐なさをまたも呪うことになった。ヒメネスは、精霊狩りの仕事に従事しているのだ。当然魔術師が街でその配下の精霊を暴れさせているとなれば、飛び出していくのが道理。携帯電話を確認した。着信もメールもなかった。胸が張り裂けそうな思いでそのディスプレイを眺めた。彼は己の職務を全うせんと殉職すら厭わず立ち向かったのだろう。俺に助けを求めないまま。水臭いなんて話しじゃなくて、俺は君に沢山の恩義を感じているのだから当然に助けに行くのに、どうして? どうして何時も、どうして、守りたい者が手の平からすり抜けていく? 俺の強さなんてそんなものか? ラインハルトのことなんてこれっぽっちも笑えないじゃないか。どうして連絡をくれなかったんだ? どうして気付かなかったんだ? どうして、どうして、どうして。

誰がやったんだ? 誰が、誰が、誰が。

顔を上げたときには、既に何か沢山の光がこっちに飛んでくるところだった。どうでもいい。あいつは何処だ? 居た。死体に、仲間に、俺の友達に戦わせてのうのうと高みの見物をしていやがる。

体が宙を舞っている。いつ跳んだのかもわからない。何かに体を乗っ取られたような、それでいて意識は明確で、その意識の大半が殺意と憎悪。ああ、多分目が開いている。足から落下していく。近づいてくる景色の中の中心に坂城、平内、どっちでもいいか。そうだよ。コイツが策を弄さなければ、俺はあそこでずっと働いていて、ヒメネスは死ぬこともなくて、祐君の葬儀も、近藤さんの葬儀も、俺が働いた金だけで賄うことが出来た。イフの話しで、確実でもなくて、後付に近いようなことでも、俺の胸を一層黒くする。左目がゴロゴロする。ゴミが入ったみたいな異物感は、確かに俺の瞳。地面が近づいてくる。足から着地すると、対象の顔が間近に見えた。驚いた目。「ピース持ちだったのか」とかなんとか。黙ってろ。俺の脳内ではそのキレイな顔が真っ二つに裂けている。どこに刀を入れて、どういう風に斬って、腕にかかるであろう負担すら鮮明にイメージできる。それは一秒も経たないくらい先の未来。予定通りに刀を掲げて振るう。視界の端に何か動くものがあって、それが木室だとわかったが、当然刀を振るう速度は落ちなかった。確かな手ごたえ。命を奪った感触。袈裟に斬った刀の先から腹の真ん中くらいまで肉を斬り進む。頭から血が噴出す。白髪を染める。無駄なことを。どうせすぐにその庇った女も死ぬ。俺が殺す。

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