終章 第二百三十七話:不毛
平内涼子の契約した精霊は強力だった。青い羽、赤い体、黒い目、白い嘴、緑の足、黄の爪。鳥の格好をしている。羽根を振るえば、吹雪のような風が起こり、体からは全てを溶かすような灼熱の炎が生まれた。その目で睨まれれば常人は竦み上がり、嘴で優しく主人を甘噛めば傷はたちどころに癒えた。その足は風に乗ったように地も宙も関係なくその体を運び、爪で掻けば雷電が相手を焦がした。
仁は凍傷になりそうな氷を含んだ風をかわしながら、木室の雷馬の突進を刀で受ける。その瞬間には仁の指先は赤黒く変色する。帯電しているのはやはりラインハルトと同じように魔術師の恩恵か。それをいなすと、今度は距離を詰めていた巨鳥が爪を縦に振るう。それをバックステップでかわすと鳥はもう上空。入れ替わりにミルフィリアが詠唱していた魔法が結実。大きな氷の柱となって仁目掛けて飛んでくる。再び刀を腹の前に構えて、何とか先端の直撃はまぬかれるが、そのまま吹っ飛ばされる。避難を頑なに拒んだ奈々華がそれに駆け寄ると、仁はすぐさま抱き上げる。雷が落ちてくるからだ。
そのまま跳んで木室の魔法を避けた仁は、しばらく巨鳥の攻撃をかわしながら、離れた場所に奈々華をおく。その時には仁の両手の指は痛みがなくなっており、仁は奈々華に礼を言う。
「どうしたんですか? 守っているだけでは勝てませんよ?」
ミルフィリアは不用意とも思えるほど二人の近くに居た。鳥が猛然と距離を詰めてくるのがその向こうに見える。
「……闘わなければいけないのか? 俺達だけ元居た世界に戻せば済むんじゃないのか?」
「あの子は手に入らないなら壊す性格です」
「……」
「あの子は誰にも愛されていないことをわかっているんです」
「それを俺に強要するのか。お前が愛してやればいいだろうが」
何かを言いかけたミルフィリアは、そのまま後ろに跳ぶ。丁度死角から鳥が嘴を向けてくる。静で受けるわけにもいかない仁は横っ飛び。シャツの袖口を掠めた。瞬く間に赤く染まる。この出血は止まらない。奈々華がすかさず詠唱にかかる。仁は再び奈々華を抱いて逃げ回る時間。
「カエデ、死体は?」
木室はズルズルと路地裏から粗悪な麻袋を引っ張り出してきたところだった。二つある。口を縛っていた紐を解くと、少女の体が出てくる。白いワンピースを着たものと、ダボついた服装のもの。
「あと、こちらも。白の魔術師が効果も高いでしょう」
瓦礫の傍から青年の体を引っ張り出す。微かに頷いた平内の体から湧き上がるように発生した黒い霧のようなものがそのまま体に巻きつく。
「志半ばで死に絶えた者共。生者に忠義を尽くす屈辱。其を我に向けることはあたわない。其は我が仇敵に向ける」
少女は昔読んでもらった絵本の内容を空で語るように、流麗に。かつてこの地でも中谷慎二が表情のない顔で語ったように、無慈悲に。
禁忌を紡いだ。