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終章 第二百三十六話:答え合わせ

「答え合わせをしましょう」と始まったミルフィリアの講釈は、既に知っているものだった。木室は俯いて、平内は興味なさげに、任せた。俺は何か、これから死に行く者に最後の慈悲をかけるような気持ちだった。丁度ラインハルトの最後に抱いたような気持ちだった。最後くらい好きに語らせてやろう、そう思った。

「フロイラインは元々そんなに大きな組織ではありませんでした。国連の暗部として、邪魔者を排除するために作られた組織です」

ラインハルトが作ったものだ。ふと、ミルフィリアが教鞭を執る姿が浮かんだ。頭を振りたくなった。そんな格好の悪いことが出来なかったものだから、段々と黒い感情が引いていく。胸が逆に苦しくなった。どうして、どうしてこうなるんだ?

「それが誰もが名前くらいは聞いたことのある犯罪組織になったのは、二年前です」

知ってる、知ってるよ。お前等の両親が死んだのと同じ時期だ。その後二人が加入して組織は大きく躍進する。

「飛行機の墜落事故でした。私も遊案もその事故で両親を亡くしました」

見たよ。行方に見せてもらった記事に載っていた。高坂夫妻と平内夫妻。一つは資産家、一つは学園経営と職業が載っていた。

「私の両親の新しい事業の関係で観光は二の次だったのですが、遊案の両親も、丁度どこかにたまには夫婦水入らずで、ということだったのです」

どうして、どうして、それから人を殺す道を歩むんだ。

「遊案が生まれたのはその事故の少し後でした」

「……」

「両親の死に耐え切れなくなった涼子が生み出した別人格に近いものですね」

どうして、どうして、そんなに淡々と話すんだ。

「現実を見ようとしない、駄々っ子のようなそんな幼い性格です」

よく泣いた。よく笑った。よく懐いた。俺のせいだというのか。俺が彼女を拒んだから。どうして、どうしてこうなるんだ。無神経に可愛がっても、どうせ俺が帰るときには…… 自己正当が止まらない。

「……知ってるよ」

振り返りたかった。奈々華が笑っていてくれるはずだ。だけどそんな情けないことがどうしても出来なかった。

「そうですか。大体わかっているみたいですね」

「わかるように仕向けたのはお前だろう」

「ええ。出来れば貴方には私達の仲間になって頂きたかったですから」

心の準備期間というわけか。じわじわと疑念を抱かせて、何が仲間だ。

「色仕掛けってわけか?」

コイツが少しでも気のあるフリをしていたのは。

「いえまあ。多少はそういう部分もありましたが、全く脈なしでもなかったですよ?」

それに、と妖艶に笑う。

「結局フったのは貴方でしょう?」

「……」

「何か疑問はありますか?」

俺は少し間を置いて、左手の親指を折って、差し出した。

「四つほど聞きたい」

「何でしょう?」

「お前等は俺を殺す気か?」

「はい。遊案はそのつもりでしょう。記憶も共有していますから」

一つ消えた。

「どうして遊案と呼ぶんだ? アレは平内涼子だろう?」

「どちらでも良いんですよ。二人は一人ですから」

完全に多重人格者を思っていた。もしかすると本当は坂城遊案なんてなくて、全部平内涼子の夢なのかもしれない。幻想、ミルフィリアはそう表現した。

「白の幹部が攻めてきたとき、アレはマジだったように見えた」

どういうことだ。自身の主を殺しにかかる忠臣がどこに居る。

「……魔霊合激というのは貴方が思っているほど容易いものではないのです」

顔で詳細を促す。

「意識は飛んで、精霊の野生的な破壊衝動が全面に押し出されます。人と精霊なら精霊の方が強いですから。特に長く融合していると意識は持っていかれます」

泣きたくなった。結局最後の望みのように、図解の矛盾を見つけたように思っていた点は、近藤さんの強さを再認識させるに終わった。無意識にかぶりを振っていた。情けなくても何でもそうしないとやっていられなかった。

「お前は平内涼子をどう思っている?」

ミルフィリアが自分自身の質問になって、初めて表情を戸惑わせた。人間くさくて、俺は少し視線を外した。

「どうとは?」

「両親を蘇らせたり、それを俺に解除させたり…… 俺に頼んだってことは嫌だったんだろう? あいつに頼むのが」

裏切りの呪い云々も嘘だったのか? そもそもアレは両親ではないのか?

「……私はあそこで死んでもよかったと思っています」

それが答えだった。遊案の部分が大きかったから頼めなかったのではなく、そういうことだった。だから余計に虚しくなった。

「木室さんは違うようですが…… 私は遊案のまま暮らさせたい気持ちと、涼子に戻ってしまえばいいと思う背反した気持ちを持っていました」

それは両親を実験台のようにされた怒り、それはしかし自身が同意をしたこと。やっぱり俺とコイツは少し似ている。どこまでも自分勝手で気配り上手で優しくて冷たい。俺の性格が手に取るようにわかったのは、コイツが俺に同じ匂いを感じ取っていたからか。

「すまない。もう一つ追加だ」

「……仕方ありませんね」

言葉通りふうと吐いた溜息が、いつも通りで胸の奥が熱くなる。

「どうして街を壊している?」

「さあ? 命令通りに動いているだけですから。私は」

ただ、と付け加える。

「私達が勝ち取った街なんですよ、ここは」

それも何となくわかる。俺が刀を携帯していても警官に一度も呼び止められなかったのは、何らかの圧力がかかっているのだろうとは思っていた。一般人が知らないところで、きっと街はフロイラインに迎合していた。

「自棄になっているのか、或いは……」

そこまで言って、平内が瓦礫の山から下りてきた。話は終わり。

瓦礫の影からミルフィリアの精霊、青い禍玉がふわふわと浮いて出てくる。木室が詠唱に入る。坂城が、平内が残忍に笑った。


「さようなら。私の愛しかった人」

彼女の口が確かにそう動いた。

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