終章 第二百三十五話:憎悪
数学の教師が図解するのを思った。そう、図解だ。全ての不明瞭な点は、ある一つの結論に向かっては明瞭に線が伸びて繋がった。或いは一つの結論からは全ての点に向かって綺麗に線は伸びた。演繹でも帰納でもいいわけだった。だからそれは真実だということを如実に語る。
最初の違和感は、早かった。彼女はどうやって俺達を召還したというのか、という純粋な疑問だった。精霊の住む世界から、勿論大岩がそういう異世界とこの世界を繋ぐ装置だとしたのは俺の推論だが間違ってはいないだろう、それらを呼び出すのは誰にでも出来るが、その他の世界から何かを呼び寄せるのは並大抵のことではないのではないか。俺らの世界には生憎ああいう生き物達は居ない。やはり第三の世界から俺達を呼んだことになる。だが、実際彼女の戦いぶりを目の当たりにして、とても強力な魔術師とも思えなかった。刻印とやらが刻まれて、力が十分に発揮できないのかと思ったが、それならやはり俺達を召還するほどの力は振るえないはずだ。
次は彼女が内密に国連を探っているということだった。泳がせたにしても国連側にメリットがない。全力で阻止しようとしたら、出来るはずだ。あれほど大きな組織がそこまでずさんな情報管理と言うのは納得がいかない。一応の説明は受けたが、やはり頭のどこかで引っかかっていた。
もっと根本的な話をしよう。本気で大岩を壊す気なら、全勢力を以って攻めれば簡単に落とせたのではないか。チンタラチンタラ、近藤さん一人にやらせているのは不思議でならなかった。実際に近藤さんと対峙してみて、彼ほどの実力者なら一人でも本気でやれば、彼我の実力差を鑑みれば、やはりもう俺が着く前には落ちていて然るべきだ。
グルグルと汚い感情が湧き上がって、胸の中に居座っていく。目の前がチカチカする。頭に血が上っているにしては思考が鮮明で、落ち着いていると言うには余りに目の前の三人を惨殺するビジョンが鮮明で…… 慣れた感覚だ。
俺はコイツ等の手の平の上で踊っていたのだろう。近藤さんを殺して恥も外聞もなく妹に抱きついて泣いたことは笑い種。互いに笑い合う中でも、心の中では異質の笑いを含んでいたんだ。白の少女、エリシアだったか、彼女が俺に強力な魔法を打ち込もうとした時の記憶が浮かぶ。あの時も口では俺の力を信用しているなどと言ったが、本当は死んでも良いと思って送り出したんだろう。そうだ、現実的に考えて、学園の防備は安定で、反対属性をぶつけあうなんてギャンブルが打てたんだ。いやそもそもアイツ等は全部仲間で、俺は一人で滑稽に踊りまわっていただけなんだから最初から危険も安定もない。
村雲は犠牲になったんだ。俺に殺させることが目的だったんだ。ある程度の絆が出来てから殺させないとつまらないんだよな? だから最初から彼の真の名を木室は知っていたにも関わらずあのタイミングだったんだろう? ミリーは、いやミルフィリアはさぞ俺が地下室で見せた驚きの表情が可笑しかったろう。いや最初から図書の位置を把握していたのか。俺にその真実を知らせて反応を見るために。
祐君が死んで、放心していた時も、お前等は笑っていたんだろう? 最初からあの結末は見えていて、いや仕組んでいて。祐君は、父を殺した俺を赦すとまで言ってくれた彼に何も返すことが出来ないまま、死んでいったんだぞ?
俺が最後の心の安定にしていた、罪滅ぼしの労働すらお前等が邪魔したんだよな? 俺が迷惑をかける構図にすれば、やめざるを得ないもんな。あれでヒメネスは怪我をしてんだぞ、わかっているのか。
ぎちぎちと歯が鳴った。血の味がする。心地良くすらある。
木室が片膝をついて、後ろから合流した二人に首を垂れる。仲間だと思っていた少女達。元々彼女達を救済する為に動いていた俺はとんだピエロ。最初から窮状にはなかった。
「感謝すれば良いのか、怒れば良いのか、兎に角ウチのお姫様は貴方のせいで、おかげで、目覚めました」
片方の、俺が密かにタイプだと思っていた少女、ミルフィリア・A・高坂が言う。彼女は結局フロイラインの青の幹部だった。口元に嫌な笑みを浮かべていた。様になるなんてもう思わなかった。
「カエデ。畏まるな」
ミルフィリアの後ろ、俺を慕ってくれた少女、坂城遊案が言う。彼女は結局学園の長であり、フロイラインの長だった。平素の姉を真似たような無表情だった。坂城なんてもう呼べなかった。
坂城遊案は本当の名ではなく、彼女の本名は「平内涼子」といった。