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第一章 第二十三話:浮沈

こちらに来て初めての休日を、仁はやはり奈々華に起こされることでスタートさせた。

寝ぼけ眼を擦りながら、むくりと体を起こすと、礼と朝の挨拶を妹に言う。そこで仁ははっきりしてきた視界に初めて奈々華を捉えた。

「ん? どこか出かけるのか?」

奈々華は平日と変わらず、薄く化粧していた。彼女はいつも、行方のようにけばけばしいものではなく、ナチュラルメイクと言うのか、慎ましくした。

「え? どこか連れて行ってくれるの?」

その薄い化粧に彩られた顔を花咲くように輝かせる。

「……会話が成り立ってないぞ。君はどこかに行く予定があるから、メイクしてんじゃないのか?」

言い切って、仁はいつも奈々華が家でも化粧をしていたのを思い出した。尤も、それについて今まで言及したこともなく、それも含めて少しの隔絶ですっかり忘れていたのだが。案の定奈々華が首を傾げて、否定の言葉を紡いだ。女はいつ何時も…… というヤツか。

「お兄ちゃんはどこか行くの?」

部屋の掛け時計は、午前の十時を指していた。

「うん、そうだな…… 街に行こうかと思う」

立ち上がった仁は、テーブルに置いたタバコを手に取り、窓際まで行って一本火を点けた。

ぽんと窓の真ん中を押すと、少し肌寒い秋の風が室内に吹き込んだ。

「……私も行っていい?」

学園の校則では、休日及び平日の午後八時までは学生の敷地外への外出は許可されている。真面目と言おうか、つまらないと言おうか、それでもここの学生はあまり外出しないらしいが。窓の外の風景を眺めながら、寝起きの一服を満喫していた仁は、諦めたように目を閉じて…… 了承した。


「あんたたち良好じゃないか?」

二人の会話に起こされたのか、奈々華のベッドの中で眠っていたシャルロットが囃しだした。すぐに用意の済んだ仁は部屋の外で、年頃の女の子の支度を首を長くして待っているところだった。

「……日常会話はね」

あれやこれやと服を合わせては、うんうん唸る片手間に乱雑な答え。

「あんたが家で化粧してんのも、アイツのためだろ? 健気だねえ」

「難儀だよね。かわいいって言って欲しい人が同じ部屋にいるんだから」

同棲している恋人同士なら事情も違うのだろうが、未だ恋愛対象として見てもらえないどころか、距離を置いて接してくる思い人なのだから手は抜けない。やっと決めたのか、丈の長いスカートと、ベージュのジャケットをテーブルの上に置いた。

「久しぶりだな…… お兄ちゃんと一緒にお出かけかあ」

ふふふと、ジャケットの下に着るブラウスを顔に押し付けて嬉しさを抑えきれずに笑う。

「本当頭が下がるよ、あんな甲斐性なしのどこがいいんだか」



奈々華は浮かれていた。仁と一緒に歩く道。山と言ってもいいような丘から、街へと下る斜面状のアスファルトを仁の背を見つめながら、下っていた。幅の広く、服の上からでもその逞しさが窺える筋肉質の背中。本人はあまり長所とは思っていないようで、だぼっとした服をよく着ているが。周囲の木立から聞こえてくる鳥の囀りさえも、自分達を祝福してくれているように思えてならない。

「……大丈夫かい?」

少し遅れている奈々華を、止まって待つ仁が柔和な笑みを浮かべる。

「大丈夫!」

遅れていたのは、兄の背中に見惚れていたからだとは口が裂けても言えないけれど…… それでも奈々華は上機嫌だった。小走りに仁の傍まで追いつく。奈々華が追いつくのを待って仁が尻のポケットから財布を取り出して、中身を確認し始める。

「何か買い物するの?」

「ああ…… 坂城には迷惑をかけたからな。何かお詫びにね」

それを聞いた瞬間から、街に着くまで奈々華の口数は極端に減ってしまった。





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