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終章 第二百十七話:ドリーマー

バタンと閉じた扉の奥で未だ、怒声や物が扉や壁にぶつかる音が響いている。仁は一度むせたように咳き込んで、少女を床に下ろした。その無知で無垢な子供は、物音がするたびに小さく体を跳ねさせて、仁の足元から離れようとしなかった。「大丈夫だよ」と根拠のない気休めを示して、仁はその頬を指の腹でなぞる。子供特有の弾力を含んだ肌はそこだけ小さくへこむ。

「弱ったな」

小さく、少女に聞こえないように、聞こえても意味は取れないのだが、呟いた。部屋の中から聞こえてくる物音がやがて間断が目立つようになり、小さくなり、聞こえなくなった。

「泣き疲れたか」

聞く者のない皮肉。仁はどうしたものかと首を捻った。

何せ彼は目的を完遂していなかった。近藤の遺体を取り戻すためにアメリカへ渡る。そのためには本来の契約である学園の守護をどうしても置き去りにしてしまう。事情を話して許可を貰わないといけない立場なのだ。

「日を改めるにしてもなあ」

あの剣幕を目の当たりにして、もう一度何食わぬ顔で話が出来るほど肝が据わっていたなら、最初からこんな事態にはなっていない。

「ん?」

少女が仁の見ていない間に、何かを読んでいる。いや、見ているが正解か。「どうしたんだ?」と声をかけながら、仁は中腰になって少女と同じ高さになる。大学ノートだった。キチンとファイリングされた書類ばかりの坂城の持ち物にあって少し物珍しかった。隣から覗き込んだ仁は字面を追った。



「10月19日


 当たり前の時間だと思っていた。永劫続くと思っていた。

 変わることなく、色あせることなく。

 終わりは突然だった。一瞬だった。

 逆らう暇すら私に与えず、奪った。

 幸せだった。満ち足りていた。もう一度……

 報われることのない願望。それでも願ってやまない。

 決して時間は巻き戻らない。そんなことはわかっていても

 ろくに別れも告げられぬまま。こんなの…… こんな現実……」


「10月30日

 

 つまらない。全てが色を失い、セピア。

 義理も人情もない世界に私だけが取り残された。

 薄情な人の本質を見た。見たくなかった。

 あの優しき母様と父様はフィルターをかけてくれていたんだ。

 なんと温かい日々を私は失ってしまったんだろう。

 ただただ懐古に胸を休めて、私は生きていくんだろうか?」


「11月11日

 

 死してなおも留まる者。それが残された者に幸せを運ぶのか?

 蝋人形のようなおじ様とおば様。

 とても喜んでいた。彼女の父母も生き返らせるべきか?

 魅力的なのではないか。善行となるのではないか。

 どう選ぶのか興味もある。不謹慎だろうか? だけど

 倫理なんて意味はない。役に立たない。優しい時を返さない。

 どちらも同じだ。だったら…… 形だけでも。

 生み出すものがなくても、

 時間は戻らなくても」


「11月11日

 

 闇を彷徨う。闇は今生。闇はとこしえ。

 はり裂けそうな想いを胸に。

 理屈じゃない。感情だけでもない。

 星だ。私を照らす。私を輝かせる。私を守る。

 幸せの別解がここに在るかも知れない。彼が持っているかも知れない。

 愛おしさと狂おしさ。手元に置きたいけど、壊したい」


「12月14日


 壊れてしまう。このままでは。連立していなくてはいけない。

 理性と本能が勝ちきらず、負けきらず。

 罪に苛まれる彼が、真に求めるべきは同様の私だ。

 差しさわりのない言葉ではなく、愛の言葉を。

 世界の全てを彼と共に。

 流浪は終わり、居場所を掴む。その時隣にいるのは……」



途中から取り上げるようにして読んでいた仁は、次のページが白紙なのを見て、片手でパタンと閉じた。日記にしては日付が飛び飛びで、ポエムにしては日付がついている意図がよくわからない。

「詩人だな。こんな趣味があったなんて」

へらと言葉を知らない少女に笑いかけてみせる。しかし笑みはすぐにしまい、神妙な顔つきで額に手を当てて何かを考え込む。

「何をやっているんですか?」

びくりと体を硬直させた仁は素早い動きで振り返る。何か暗闇からにゅっと手が伸びてきたような驚愕を仁に与えた。学園町室の扉からもう一人の相談相手がすました顔で仁を見ていた。いや、正確には仁の手にある大学ノート。何か悪戯を見つかったように、決まり悪そうに右手をぶら下げていた。

歩み寄ってきたミルフィリアが手の平を差し出し、仁は大人しくノートを手渡した。それを持て余した仁は、肩の荷が下りたような顔になった。

「実はさ……」

そしてそのままの流れで、今起きたことの顛末を話し始めた。

 

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