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終章 第二百十話:灰色のバッタ

予報は三日目に裏切った。朝からどんよりとした雨雲に覆われた空が、昼に差し掛かる頃合に、ついに泣き出した。汚れた雪に追い討ちをかけるように降り注ぐ雨は、どうにも残酷に見える。ふいとベッドに目をやると、昨日の騒動の主、鬼の少女があどけない寝顔を晒していた。隣には奈々華、不貞寝を決め込んでいる。

やはり同属性の恩恵か、少女は俺に特別懐いた。夜眠る段になっても、ぴたりと寄り添って離れない彼女を、結局ベッドに招き入れることになったが、ここで奈々華が噛み付いて、誰がどこで寝るや寝ないやの白熱した議論に発展した。俺としては子供相手におかしなことをすると思われているのが癪で、つい奈々華の同衾を断ってしまったのが、余計に誤解を招いた。そこまで思い出してふうと大きな溜息が出る。結局昨晩は三人並んで寝るという不思議な状況で落ち着いた。


少女の寝顔を見つめる。昨日買ってもらったばかりの寝巻きをいたく気に入り、嬉しそうに俺の前で何度もくるくる回って見せた。その無垢な笑顔を見ていると、こちらまで笑みを引き出される。奈々華が十歳前後の頃には、こういう感情は生まれなかった。だけど人の親になっていてもおかしくない年頃になって、純粋に可愛いと思える。懐いてくれる妹も同様に可愛がればいい。それは奈々華との付き合い方に一石を投じているんじゃないか、なんて、そういった感情に理由をつけたがる下らない考え方も一方で巣食っている。もっとプリミティブでいいんじゃないか。そう思っても、手は動かない。簡単に少女の頭を撫でれるのは、頬をなぞってくすぐれるのは、打ち払われても何も痛いことがないからじゃないか。嫌われても、鬱陶しがられても別段苦しいことがないからじゃないか。それは穿っているのか。

別の側面もある。一つの命が終わり、一つの命が始まった。何か感慨深いものがある。俺が奪ったにも関わらずだ。村雲だけじゃない、彼女の親の命を奪ったのも他ならぬ俺だ。

昨日からそうだ。脈絡もなく、飛び地のように思考は回る。

目を切る。窓の外に目を向けても、小学生がやけばちに単色で塗りたくったように灰。雲まで灰色をしてやがる。煙草を取り出し、火を点ける。俺の口から漏れ出すコレも、灰色なんだろうか、白なんだろうか。どうでもいいことを考えているな。ベッドの方から衣擦れるような音がして、見ると奈々華が寝返りを打っていた。何となくわざとらしく見えて、起きているんじゃないかと勘繰る。起きているとして、起きてこないのは、やっぱり俺が原因なんだろうか……

何でこんなにモヤモヤしているのかもわかっていない。俺の心の中まで誰か灰色に塗ったんだろうか。鈍く、白黒つかないあの色を塗りたくれば、少し明色を入れても中々消えないのは納得だ。唇を尖らせて、よくわからない色をした煙を吐き出す。紫煙と言う。じゃあコレは本当は紫なのか。馬鹿な。


また飛んだ。安直にバッタを思った。ぴょんぴょんぴょん。

坂城のことだ。奈々華にはああ言ったし、それについて後悔や疑問があるわけでもないが、本当にこれで良いのか、とも思う。せめて俺が怒っていないことくらいは伝えてやるべきなんじゃないか。でもその次は? 俺は怒っていない。だからまた会いに来る。会いには来るけど、愛しはしない。お前のそのどこかしらに怯えを内包したような、矛盾を孕んだ、俺への憧憬を受け入れる気はない。友達として頭は撫でるが抱きはしない。そう言うのか? ははっと鼻から息が漏れる。何に対する嘲笑なのかもわからない。

そう言えばアイツの頭も簡単に撫でれるな。最低だな。

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