終章 第二百六話:擬似連続予告
ゲームセンターに寄って帰ろうと言い出した時に、お兄ちゃんがまた抱えた問題がこれまでのものと毛色が違うものだと判断した。つまり、近藤さん、祐君、村雲さん、お兄ちゃんが殺めてきた人々は関係がないということ。でも、だったら……
やはり例の如く「お兄ちゃんがやりたいヤツでいい」とことわると、お兄ちゃんは店内に入った途端、磁石が吸い寄せられるように、パチンコ台が置いてあるコーナーへと向かった。私も何度かこういう機会に、連れられてやったことがある。筐体は整然と並んでいて、本屋の本棚の配列にちょっと似ている。
「あ! 牛がある!」
グルグルとコーナーを回っていたお兄ちゃんが嬉しそうに声を上げて、一つの台に座る。こういうときのお兄ちゃんは大抵ろくでもない、とはわかっていても、隣に座らざるを得ない。
「牛?」
「CR猛牛ファームだ」
色んなパチンコがあるのは知っているけど、酷いネーミングだ。筐体を見ると、大画面の液晶に「デモムービー」なるものが流れている。角の生えた牛が牛舎の人間を弾き飛ばしている。やっぱりろくでもない。せめて他のにしよう、と切り出す前には、お兄ちゃんは百円玉を投入してハンドルを握っていた。
「面白いからやってみろって。どうして検定を通ったのかもわからんくらいにファンタスティックな台だから!」
こういうときにだけ妙に興奮するお兄ちゃんを尻目に、私も百円玉を財布から取り出してお金を入れた。
少しわざとらしい、本当に少し、私にしか分からないくらいの。大概は私に何か後ろ暗いことがある時…… ついお兄ちゃんの顔を見る。
「……大丈夫だって。そろそろどっちか当たってもおかしくないはずだから」
少し焦ったような声音。どうも凝視に近くなっていたみたいだ。私が無言のうちに当たらないことに抗議しているとでも思ったらしい。遊戯を開始して三十分以上経過していた。苦笑して、八重歯で噛むようにしていた煙草を灰皿のヘリに置く。
「そんなに見つめられると、お兄ちゃん変な気持ちになって、奈々華ちゃんを襲っちゃうぞ?」
「……いつでもどうぞ」
私に隠していたいこと……
目覚めたときのように、じわりじわりと頭がはっきりしていく感覚。そうだ。どうして今まで気付かなかったのか。お兄ちゃんはきっと私の秘めた想いには気付いていないけど、私がお兄ちゃんの女友達に良い顔をしないのはわかっている。気に病んでいる。
「おお。奈々、熱いぞ」
私の目線を自分から外そうとする気色の悪い冗談を取り合ってもらえなかったお兄ちゃんは、違う言葉を吐く。目は私の目の前にあるパチンコ台。仕方なく私も前に集中すると、液晶の左から右に、赤い体色の牛が駆け、右端で静止しようとしていた飼育員を弾き飛ばす。きりもみしながら飼育員は吹き飛ばされていく。ガシャーンと大きな音がして、右の図柄も止まる。
「よし!」
「何がよしなの? 何か飼育員さんが可哀想なんだけど」
また左から右へ。当然のように人を弾き飛ばす猛牛。
「擬似連って言って、続くほど熱いんだよ。つまり何回も飼育員がぶっ飛ばされると良いんだ」
「パチンコってこんな馬鹿みたいなのばっかりなの?」
「いや。この台の演出の奇才ぶりが半端じゃないだけだよ」
ガシャーンとまた大きな音。筐体自体もビカビカ光り出して、目に悪そうだ。
「やっぱりいつ見てもこの擬似は研ぎ澄まされてるなあ」
本当に嬉しそうだ。液晶では、今度は飼育員さんが踏ん張って牛を止める。直後に左右の図柄が同時に止まって、「モウー」と音が出る。リーチなのだそうだ。
液晶がブラックアウトする。ロングリーチというヤツらしい。
「おお! 当たったよ!」
お兄ちゃんの声は興奮を抑え切れていない。私は何が何だかわからない。暗転が明けると、つなぎを着た飼育員さんが赤い顔をしてモジモジしている場面が映った。口元が半笑いで、気持ちが悪い。
「アニメーションにして、素晴らしいキモさだろ?」
何を誉めているのかわからない。
「ねえ、牛は?」
この台に興味なんてないけど、一応は牛をメインに据えているのに、牛など出てくる気配もない。
「ああ、発展先矛盾なんだ。突進擬似は牛系リーチに発展するのが普通なんだけど……」
突進擬似というのはさっきので、牛系リーチ?
「これは飼育員告白リーチ。飼育員のお兄さんが好きな女の子に告白して成功すれば大当りなんだけど、当たっているのは見たことがない。一応0.000002パーセントの信頼度なんだけど」
「それ、当たらないんじゃないの?」
「いや、それが当たるんだよ…… まあ見てなって」
言われた通り、見ていると可愛らしい少女がやってくる。飼育員さんが電信柱の影から飛び出して手紙を差し出す。ラブレターらしい。差し出した場面でタメを作っている。飼育員さんの顔と少女の顔が交互に映し出されて、図柄が5と6を行ったり来たり。しかし突如視点が引いて、飼育員さんが殴り飛ばされるシーンに。青年が映し出されて、何やら喋っている。お兄ちゃんの台も何か激しい音を出していて、聞き取れない。きっと恋人なんだろう。そう思うと、ふと飼育員さんが可哀想になった。恋人が居るとは知らずに、想いを暖め、清水の舞台から飛び降りるような覚悟を決めてそれを伝えた。恥ずかしいだろうか。悔しいだろうか。いや…… きっと悲しいはずだ。体面なんてとっくにかなぐり捨てているんだから。
趣味です。スイマセン