終章 第二百話:試験
中谷精霊学園唯一にして最大の考査試験は予告どおり、一年の集大成とも言うべく教科書にある全ての範囲を網羅していた。問題数にして約百問。試験時間は三時間。本格的な記述問題は後ろ四つだけで、時間を考慮すると易しいのだと言う。高等部の三年は、卒業試験として実地も含めて、三日に渡って精査されるのだそうだ。
カリカリと鉛筆の芯が削れていく音が何重にもなり、勉強嫌いの人間にはある種の強迫観念のようなものさえ与える。仁はシャープペンシルを指で回しながらも、閃いたという顔をした後は、何かを答案に書き込んでいる。少しは真面目に解いているようだった。しかし時折顔が上がる。視線の先は、教卓の向こう、教員用の椅子に腰掛ける新居の姿だった。本来、彼らのクラスの試験監督は坂城。代役とだけ告げた彼女は椅子の上から神妙な面持ちで教室内を油断なく見渡している。
「そこまで」
凛とした声に、地虫が鳴くように間断なく続いていた鉛筆の音が止む。教室内は試験後独特の解放と安堵の雰囲気に包まれる。きっと結果いかんではなく、厄介事が一つ終わったことに心が軽くなるのだ。不出来なら退学という道すら十分に考えられる厳しい考査であっても、人はいつまでも気を張り詰めたままはいられない。
後ろから前に答案を回していく回収方法。気の早い者は、自身の未来を乗せたそれを委ねてしまった時点で周囲の友達とテストについて意見を交わし始める。最後尾に座る奈々華と仁も例外ではなかった。二人ともやはり学生なのだ。
「お兄ちゃん、出来た?」
「まあ何とかね」
仁は苦笑する。実は進級は問題ないくらいには出来ていた。彼の頭の作りは悪くない。自身のいた世界ではそれなりに名の通った大学に通っている。偏差値で言えば上から数えたほうが早い。
「まあ大学生が高校生の理解力、文章構成力等々を加味して作ったテストを解くんだから結構汚いよね」
耳慣れない単語も、経験則に当てはめられない理論も、数ヶ月もの間触れていれば自ず、頭に残る。
「あはは」
屈託なく笑い返す奈々華も出来は悪くなかったようだ。
「静かに! 答案を回収し終えるまで私語は厳禁です!」
教員の対応も時空の壁を越えるらしい。主に兄妹に向けて発せられているらしかった。皆声を潜める中堂々と会話を交わしているのは二人だけだった。それに二人の会話は少し他と趣が違う。緊迫感や真剣味に欠けた。奈々華は仁に舌をペロッと出して見せて、前に向き直った。
「新居先生!」
解放の余韻に浸りながらまばらに解散していく生徒達を尻目に、仁は答案の山を抱え上げる白の魔術師に声をかける。
「あら? 手伝ってくれるの?」
新居は歳相応でない可愛らしい声を出した。歳相応に男の扱いに長けているせいかもしれないが。仁は曖昧な笑顔を作った。
「いえ…… その。実は学園長のことなんですが」
新居はきょとんとした表情で仁を見つめ返す。厚意のおねだりをしたりしないのが、この教師の人気の所以なのかも知れない。
「あら? こっちが聞きたいくらいよ。貴方の方が仲がよろしいでしょ?」
「……ええっと」
反応に困る。事情を知らない彼女は、浮名すら立ちかけている相手を気にかける仁を面白がっている。しかしすぐに仁の様子から彼の心配がそういった理由からではないことを察する。
「ごめんなさい。知らないわ。ミルフィリアさんが今朝やってきて、試験官を代わって欲しいと言われただけなの」
心底申し訳なさそうな顔でそう言う。お役に立てなくてごめんね、と重ねて謝るので仁は恐縮する。
「いえ、それだけでも聞けて良かったです。ありがとうございます」
それだけでも推量は立つ。きっと彼女は昨日から部屋に篭ったままなのだと。