第一章 第二十話:怒られし者
「どうして、今日は来なかったんだ?」
坂城の顔には一片の穏やかさもなく、目にも声にも隠し切れない憤怒が滲んでいた。
夕方、校内放送で呼び出された仁は、坂城の待つ学園長室に来ている。そして彼女の第一声がこれだ。
「眠たかったから」
仁は特に悪びれる様子もなく、首のあたりに手をやりながら答える。
「ふざけているのか?」
「ふざけちゃないさ。本当のことだ」
「……そりゃそうだろうな。午後の十一時頃に出かけて、夜中の三時過ぎに帰ってくれば、昨日の疲れもあるだろうしな……」
そこまで言って、坂城は拳をテーブルに叩きつけた。テーブルの上に無造作に置かれていたボールペンが小さく跳ねる。
「校則違反だ! わかっているのか? 君は校則を破り、あまつさえ授業をさぼったんだ!」
「……ちゃんと敵の精霊は倒したんだし、いいだろ? 仕事はやってんだ」
「いつ私が精霊を、敵を倒すだけが仕事だと言った? 君は学生に扮して、なおかつ敵を倒すという、そういう契約だろう? それを込んでの言い値だ!」
剣幕は収まる様子を見せない。坂城がまた拳を握ったのを見て、仁は軽く身構えたが、今度はテーブルに叩きつけるようなことはしなかった。代わりに血管が浮き出るまで強く握った拳を腿に食い込ませる。
「……校務員とかはないのか?」
「うちの校務員は、魔術師以外の人間に開放している。無断で外出する君を見つけたのもその内の一人だ」
搾り出すような声で坂城が答える。
「仮に君にそういう仕事を与えたとして、真面目に勤務に励むとも思えんがな……」
「……」
「当初から嫌がっていた君に、学生としての生活を強いたこちら側にも全く落ち度がないとは言えんが、そういう内容で応じた君にはもっと自覚を持ってもらいたい」
「……」
坂城は何とか理性を取り戻したようだが、仁の顔からは事態をあまり真剣に捉えている様子は窺えない。
ただ黙って、坂城の顔を見つめているだけだった。
「最初の一日は一時間目出ただけで、あとはサボリ。今日に至っては完全な無断欠席」
幾ばくか声量は小さくなったものの、未だ声には怒りがこもっている。
「……こんなことを言わせないでくれ。君には感謝しているんだ。少なくとも我々が束になっても敵わない古代竜を倒してくれた。その功績は私は素直に評価している。捨て駒のように扱おうとしていた負い目も多分に感じている」
言葉の最後の方は少し涙ぐんでいて、言い終わると坂城はぽろぽろと涙を零してしまった。情けないやら悔しいやら悲しいやらで、子供がするように口を固く結んだまま。
「俺は元来ダメなんだよ。別に君への当てつけとか、君を困らせてやるつもりはなかったんだよ」
仁もまた、友達を泣かしてしまった小学生のように困りきった様子で言葉をかけた。両手で目元を拭う坂城は、俯いたまま仁の言葉を聞いていた。
「悪かったよ。泣かないでよ。頑張ってみるからさ」
なるだけ優しく語りかけたが、結局今日はもう帰っていいと言っただけで、坂城が泣き止むことはなかった。