序章 第二話:世界
第二段落以降、宗教上の事情などから、一部不快な思いをされる方がいらっしゃるかも知れません。また即興で組み立てた設定ですので、あまり深く考えずに読んで頂けると幸いです。
あくまでもフィクションですので、ご容赦いただきますようお願いします。
学園長と言うからには、威厳たっぷりな壮年の男性を仁は思い浮かべていた。
三十畳ほどの部屋には、壁に鹿の剥製やどこが芸術的なのかもわからない壷。嫌味にならない程度に洗練された調度品の数々を目の端に捉えながら、仁は部屋の中央に置かれた黒い牛革のソファーに座っている女性に顔を向けていた。
「城山仁だな?」
キレイに整った顔立ちは、どこか冷たい印象を受ける。歳の頃は仁と同じくらいか。仁が黙って首肯する。
「あんたが俺を呼んだのか?」
「そうだ…… 君に倒して欲しいヤツがいる」
女性がそう言って足を組みなおす。心もち体を前に乗り出した。
「イヤだ」
「ど…… どうしてだ?と言うかまだ詳しい話もしていないうちから……」
「断るって言ってんだ。どうして俺が見ず知らずのあんたの頼みを聞かなくちゃいけない?」
まさかいきなり断られるとは思っていなかったらしく、狼狽する女をよそに仁は涼しげに言葉を紡ぐ。
「君はこの学園に入学し、精霊魔術を学んだ後……」
「だから断るってんだろ。こっちは大学留年決まってんだよ。今度は高校生からやり直せって言うんか?人生ゲームやってんじゃねえんだよ。チクショウ!」
木室の話によると、この学園は小中高一貫らしい。
「……報酬はそちらの言い値を用意しよう」
女が静かに言った言葉に、仁は減らず口を噤んだ。言い値を出すとは、かなりのっぴきならない事態に追い込まれているということだ。仁の実力を正当に評価しているとも言える。
「わかったよ…。話だけでも聞こうか」
鼻から溜息を漏らした仁はやっと真剣な表情を作った。
今から二百年ほど前、世界で最初の魔術師が顕現した。名をアル・イヴン・サウードと言う。
彼は名前で察するとおり、サウジアラビアの生まれで、敬虔なムスリムだったらしい。
幼少時から卓越した頭脳と、奇妙な術を操ることが出来、神童と謳われる。
サウードが十五歳のとき、イスラエルでアラブ側の大きな暴動が起こる。後に第五次インティファーダと呼ばれるものだった。イスラエルがこれを武力で弾圧したのだが、これが数千人規模の死者、行方不明者を出す凄惨なものだったそうだ。
サウードは大きな衝撃を受けた。
既に形骸化していたPLOはおろか、アラブ諸国が何の支援も介入もしなかったからである。
同胞が異教徒に無残に殺されていくのをただ傍観しているだけ。
サウードは絶望し…… 自分が腐敗したイスラーム世界を変えることを決意した。
まず、彼は王家に取り入った。元々地方の名家で生まれた彼は、十六の頃に王族の第五王妃と結婚する。
その卓越した頭脳を王は気に入り、次第に国政にまで彼に影響力を持たせるようになる。
宰相に近いポストに上り詰めた彼は、この時まだ十八の若さだった。
その年、彼はある大きな演説を行う。歴史を変える大きな演説。
残念ながら原文はイスラーム圏の国の伝記にしか残っていないらしいが、概容はこうだ。
「我々の同胞であるところの、パレスチナの民が大いに苦しんでいる。諸君奮起せよ。
激怒せよ。覚醒(啓発?)せよ。彼等は何一つとして、責められ、殺され、蹂躙されるようなことはしていない。全てはイスラエル側の義のない暴虐だ。ならばどうするべきか?
立ち上がれ。国益や、宗派など何の関係があろうか?同胞の敵は我等…… イスラームの敵だ」
こうして始まった最悪の戦禍、第五次中東戦争(最後の中東戦争などと呼ばれる)。
イスラエルを支援したアメリカを始めとする先進各国は、サウード率いるアラブ連合軍に後塵を拝することとなる。彼の操る不可思議な術は、最先端の科学技術の粋を集めた兵器をものともせず、世界に大きな衝撃を与えた。
戦局に一筋の光が差したのは、戦争が始まって十年が経過した頃だった。
世界で二人目の魔術師、中谷慎二。日本人だった。彼については実はほとんど素性が知れていない。
彗星のごとく現れた彼は一瞬のうちに戦局を五分に戻し、サウードとの一騎打ちに全てが委ねられることとなった。
彼等の異能の闘いは、三日三晩続いたという記録が残っている。
結果だけ記すと、彼等は相討った。双方が死亡、残されたのは焦土と化した世界。
そして中谷の残した<精霊の門>と呼ばれる不思議な大岩。
二人の天才ほどの素養がなくても、ある程度の才能を持つ人間が精霊と契約するための補助装置。世界各地にそれと、多くの精霊魔術師が生まれることとなった。