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終章 第百九十八話:光明の縁故

終章 終わり待つ少女と黒の幸福



約束の時間から十分ほど遅れて、広畠はやって来た。隣にはヒメネスも連れているのが、用心のためにか、単に仁と仲の良かった青年とを再会させようという意図なのかはわからなかった。工事器具を運ぶよな巨大なトラックのタイヤには用意よくチェーンが絡まっていた。

「よう」

と気さくな挨拶は相変わらず。仁は口角だけで笑って見せる。その時には広畠の目もヒメネスの目も、仁の向こう、丸太鬼の巨大な死体を見ていた。

「これか」

「ええ。出来たら手厚く葬ってやりたいんですけど」

火葬にせよ土葬にせよ人手が要った。そしてこちらの世界に頼れる人間は、仁には限られていた。

「研究所の連中なら垂涎ものだな」

そう言いながらも、やはり精霊研究のサンプルとして寄贈する気はなさそうだった。仁もそれを察知してか、然程慌てた様子もなかった。

「以前倒した鬼とは少し違うみたいだが?」

「ええ……」

「凄く強そう」

ヒメネスも相変わらずで、仁は優しく笑う。

「丸太鬼です」

「丸太鬼だと?」

軽く首肯。雪は勢いを失わず、三人にも、物言わぬ亡骸にも平等に降り注いでいた。

「コイツは驚いたな。大物中の大物じゃねえか。お前が倒したのか?」

「……はい」

仁は唇を引き結んで思案顔を続けていたが、やがて事情を説明し始めた。刀鬼のこと。丸太鬼のこと。フロイラインの策略のこと。必要なことを過不足なく。聞き終えると広畠は「そうか」とだけ返した。


三人で巨大な遺体の両足を持ち上げて、トラックの荷台に押し上げる。そこを取っ掛かりに、一番力のある仁が荷台から引っ張り上げる。二人は頭部や背中に回り押し上げる。ずりずりと少しづつ体が乗り上げていく。生きる者だけが踏みしめる大地から離れていく。ある程度引き上げると、仁も荷台を下りて押す側に回る。ヒメネスの隣に立って大きな足の裏に手を押し当てる。

「大丈夫?」

ヒメネスの言葉は、仁の体力を気遣ってではなかった。

「……何がだい?」

「……」

「俺は大丈夫だよ。自分で選んだ道だから」

ヒメネスは気遣う目のまま、微かに頷いた。


広畠の人脈の広さは中々侮れないもので、これほど巨大な精霊を燃やすことの出来る火葬場を知っていると言う。勿論、用が済んだ精霊を処分する手段にも抜かりないであろう研究所とは別のつてで。それは広畠なりの感謝も含んでいた。もし街に丸太鬼が下り立った場合には大惨事は必至だった。元々仁の精霊だとか、フロイラインの計略がどうのとかは度外視すべきだし、それが出来る思考回路の持ち主。伝説の鬼が地上に再臨したという結果だけは変えられないのだから、仁に対しては慰労の念が絶えない。だから助力に多謝する仁に概ね「構わない」だとか「気にするな」と優しい言葉をかけた。


「これはどうする?」

もう積み込みも終わって、いよいよトラックが出立するという段になって、広畠が右手に刀を持って仁に近づいてきた。それはかつて、数時間前まで村雲が棲家としていた刀。村雲守兼家。ほとんど変わらない姿であるはずなのに、仁の目には以前のような鬼気迫る輝きが失われているように見えた。抜き身のままで長時間冷え込む雪空の下、放られていた。

「それはこっちで引き取ります」

形見は護り刀とはいかなくても。

「そうか。それじゃあ明日には灰を届けてやるよ」

それだけを言うと、改めて感謝の念を伝える仁を無視するようにトラックへと向かって行った。ヒメネスも別れを惜しんで窓から手を振っていた。仁はトラックが動き出すまでの間、ずっと頭を下げたままだった。部外者である彼に、関係施設に足を踏み入れる権利はない。だから友の亡骸を弔ってくれる彼らに、いくら構わないと言ってもらえても、謝意は尽きないのだった。

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