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第五章 第百九十七話:終わる夢

「カエデ…… カエデ」

坂城はカセットテープのようにそれだけを繰り返していた。仁はその坂城の傍で色々と声をかけていた。しかし彼とて人を慰めていられるような心境では決してないのだった。木室はまだしも、幹部でもない緑の魔術師にまで学園への侵入を許していたのは、どう言い訳しても不手際だ。囚われていないはずが、やはり憎しみに心を奪われていた。近藤と祐を寄り添わせることさえ出来ず、挙句坂城まで危険に晒した。可能ならば自身の頬を思いきり殴りつけてやりたい気持ちだった。それでも自棄になっていないのは、偏に坂城の変調にあった。虚ろな目をして、いつまでも木室がいた辺りから動かない。ミルフィリアの両親すら想起しかけて、仁は自身の不甲斐なさを一時他へやって坂城に声をかけ続けた。

「しっかりしろ」

「カエデ…… どうして」

「おい。こっちを向け」

「カエデ」

「……」

心がどこかへ行ってしまっているようだった。肉体と乖離して、どこかへ馳せている。木室との思い出か、両親も生きていた頃か。


ミルフィリアが、遅れて奈々華が中庭に着いた時には既にその状態だった。ミルフィリアが声をかけても然程変わりはなかった。

「何があったのですか?」

一しきり声をかけて、反応が芳しくないことを確認して、ミルフィリアは仁を追求する。仁はありのままを話した。話している途中、隣に控える奈々華を見やり、自身と照らした。小さな頃から共に過ごした相手と袂を分かつことがどれほど苦しいことか、仁にもわからないでもなかった。

「なるほど。木室さんが……」

伝え聞いてなお、信じることをしなかった裏切りが、はっきりと形となって示されたのだ。坂城の様子から、それまでの時間は、心の準備をしていたのではなく、本当に信じていなかったと捉えて間違いないようだ。仁にはそこが、その気持ちがわからなかった。いくら伝聞とはいえ、裏切りに信憑性はあった。実際に自分の前にいつまで経っても姿を見せないのだから。そんな人を信じきれるものなのか。そこまで考えて、仁は過去の自分の投影をやめた。彼女とはケースが違いすぎる。きっと親を亡くして、残された家族への依存はより強まったのだ。仁は死別を知らない。奈々華とすれ違った時でも、彼女は生きていたし、自分に出来ることがなくなったとしても、彼女の幸せを願うことは出来た。それは腐った心にも、小さくても、一筋の光として差していた。


「……とりあえず自室で休ませます」

ミルフィリアの声も少し震えているように聞こえた。優しく背中に手を回して校舎の方へ誘導していく。歩いているというより、押されて動いているといった方がしっくりくる。

二人の背中は徐々に小さくなっていき、校舎へと消えていった。



第五章 綻ぶ世界と黄の真相 了

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