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第五章 第百九十五話:響かない力

弱い。技術的な面から言えば、向こうのほうが何枚も上手なのだろう。だけど身に詰まる怖さがない。近藤さんの最期の大魔法は、村雲との戦いは、昂ぶりすら覚えた。命のやりとりをしているのだと、否応なしに実感させられた。全身の肌がひりついた。

何もない。負ける気がしない。殺される気がしない。こんなヤツが裏で糸を引いて何倍も俺を苦しめた人や友を死に追いやったのか…… 俺に殺させたのか…… 

だから圧倒的な殺意を抑えきれない。不思議な感覚。憎悪に囚われているわけでもないのに、相手を殺す明確なビジョンだけが浮かぶ。

ああ、そうだ。コイツを殺そう。


また新たな精霊が出てくる。ラインハルトの表情には既に全く余裕はなく、それどころか今の自分の状況を信じられないといった感情が浮かんでいる。一体目、彼の持つ精霊の中で最も強力なもの、雷鶴らいかく、文字通り鶴の形をしたものなのだが、それは仁の一刀の下に首と体を切り離され、活動を停止していた。通常の鶴と違って長く伸びた尾羽を鞭のように振るってきたが、軽くいなされ、懐に飛び込まれて終わった。今はラインハルトの奥、慣性に従って仰向けに倒れている。二体目、木室が一度見せたものより数段大きな雷馬。脚力を武器に、果敢に突進と角の攻撃を繰り出すインファイターは突進を鮮やかに飛び越えた仁に後ろを取られる形となり、足を斬りおとされ、動けなくなったところをまたも首を刎ねられ、仁の傍で血溜りを作っていた。その間それらの主も手をこまねいていた訳ではなく、高電圧の雷の玉を仁目掛けて乱発していたが、どれ一つ仁の衣服を掠めることすらかなわなかった。そして今また新たに召還した三体目、禍玉・黄。恐ろしい速度で間合いを詰めた仁に、形を作る前に真っ二つにされた。詰みである。

仁の目がラインハルトの醜悪に慌てふためく顔を捉えることはなかった。三体目を斬り伏せたその足でラインハルトの目前まで駆け寄り、頬に強烈な拳を食らわせたからだ。勝負を分けた要因はいくつもあるが、一番大きいのは余裕綽々に軽くもんでやろうと遊び半分でかかったラインハルト、相手がどれほどの力量であろうが確実に息の根を止めてやろうと挑んだ仁。ラインハルトがキチンと相手を強敵だという認識を持って闘えば、これほど早期に後塵を拝すこともなかったかもしれない。


数メートル転がって止まったラインハルトが顔を上げると口の中が切れたのか、唇の端から血が零れる。しかし今度はラインハルトが仁の姿を目に留めることが出来ない。悠々と歩を進めていた仁がアリを踏むようにその頭を踏みつけたからだ。

「本当にこの程度なのか? 世界最強? 笑わせるなよ」

足をどけると、しゃがみこみ、ラインハルトの金色の髪を掴む。そのまま顔を地面に打ち付ける。二度、三度、四度、五度、六度……

「近藤さんはもっと強かった。村雲は俺に死のイメージすら抱かせた」

血を吐いたり、苦痛の声を上げるだけでラインハルトは返事が出来ない。上下に振れる仁の右手が止まった。

「俺もお前も同じ穴の狢だ。だけどな…… 力の信奉者がやっちゃいけないことがある」

「……」

「自分より強い者を手駒にしちゃいけない。力一つで渡るのなら、自分より強いヤツには従うか、殺されるのが筋だろう?」

「……」

「お前はそうやって渡ってきたんじゃないのか?」

「……」

「……お前は俺には絶対に勝てない。狡猾を覚えた喧嘩屋はもう喧嘩屋じゃないんだよ」

ガツンとまた打ち付ける。歯が折れたのだろう、鈍い音が響いた。

「早く吐き出さないと口の中傷つけるぜ? それはもうお前の体の一部じゃないから」

口ほどに手は優しくなく、吐き出す間すら与えず、釘を打ち込むトンカチのように。

「まあいいさ。お前の生き方にケチつけても仕方ない」

「……が。ぐ、は」

口から数本の歯が飛び出す。白く美しかったそれらは血を纏い、痛々しさだけを見る者に植えつけた。

「近藤さんの遺体を明日にはこっちに寄越せ」

「……誰、が」

「お前が……」

立ち上がった仁がラインハルトの顔を思い切り蹴りつける。ボキッと嫌な音がして、端正な鼻梁を保っていた鼻が曲がってはいけない方向に曲がる。

「やるんだよ!」

今度は腹。ボキッと嫌な音がして、引き締まった体を支えていた肋骨がへし折れる。

「俺はお前とは違って器用な処世術なんてないからな。最初からこうすれば良かったとさえ思うよ」

そうすれば、結果は変わらなかったかもしれないが、祐に近藤の焼香をあげさせてやれたかも知れない。そう思うと、仁は自身の不甲斐なささえ忘れて、全ての元凶が、責任が、目の前の男にあるような都合のいい錯覚を覚えそうになって、振り払いたくて、また蹴った。瞼の辺りが赤く腫れあがって、口からはそれに負けない真赤が途切れることなく吐き出されていた。

「自分の要求は力で通す。それが我が侭でも、自己満足でも」

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