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第五章 第百九十二話:電話

携帯電話で奈々華を呼んだ。兄の無事に涙を流す声が電話口から聞こえ、仁は本当に小さく笑った。

彼女が来るまでの間、静は饒舌だった。

「村雲君は、いや、丸太鬼は力比べが好きだったみたいすよ?」

「……そうなのか」

「ええ。勿論彼と互角に戦える相手などそうそう居なくて、たまにライバルを見つけると日がな一日闘っていたそうっす。勿論どちらも相手を殺したりはしないですが……」

「そうか」

「……きっと嬉しかったはずっす。最後に最高の相手と戦えて」

腕が疲れないのか、仁はもう長い間村雲の頬に手の平を当てたままだった。

「そうか」

村雲の顔は悪鬼のまま。だけど最後に見せた表情は穏やかで、口元が微妙に緩んでいたようにも見えた。

「村雲が謝ることじゃないよな」

「え?」

「恨んでくれてもいい」

雪は強まりもしなければ、弱まりもしない。きっとこのまま何も変わらず、夜まで、明日の朝まで、ひょっとするともっと先まで、ずっと降り続けるのだろう。そうして街に、森に、道に、積み重ねるのだ。ずっと溶けなければいいのに。そうすれば、この光景を目に焼き付けたまま、いつでも思い出せるのに。彼との激闘、彼の最期、彼の雄姿、彼の慈愛。全てがこのまま残る。そんな馬鹿げた考えを仁は拭いきれずにいた。

「……強い者が弱い者の生殺与奪を握る。鬼の、いえ、精霊界の常識っす」

「……」

「闇の胎動を促す者」

仁の目は丸太鬼の顔から離れない。静にどんな感情をぶつけられても、仁は受け入れるしかない。どんな話題が出てきても、仁は聞き届けるしかない。

「あっしは馬鹿です。いよいよの段まで気付くことが出来ませんでした」

「……」

「アレは姿なんてないんす。強力な封印を解くためだけの存在」

変幻自在。実体などなく、いわば悪霊の類。たまたま人形を媒体としていただけ。

「あっしにも非はあるんすよ」

それは仁を気遣った言葉ではなく、悔やみきれない後悔だけが滲む言葉。

「……お前らしくもない。こういうときは、ただただ感情論でいいのに」



電話が鳴った。無機質な、雪よりも冷たい音に感じられた。仁は既にその相手を当て推量ではなく、本能的に感じ取っていた。何とかその場に胡坐をかいて携帯電話をズボンのポケットから引っ張り出す。ディスプレイには公衆電話。

「今度は取るんですね」

穏やかな声音だった。右手に握った携帯電話がミシリと小さな音を立てた。

「……本当に化け物ですね。我々が数十人がかりで封印するのがやっとだった丸太鬼を一人で倒してしまうんですから」

「……」

「もう五十年以上前になるんですね。私は当時の討伐チームに最年少で組み込まれたんですよ」

「どうでもいい」

「……強かったでしょう?」

握りこむ握力がまた一段強くなる。

もっと早く気付くべきだった。黒の精霊、しかも一度もこちらの世界に召還されたこともない村雲の名を彼女は一目見て言い当てた。しかし知っていた経緯をその時話さなかった。何か裏がある。そう思って然るべきだった。もしかすると、少しの疑念でも持っていれば、祐は死なずに済んだかも知れない。闇の胎動を促す者への対処も変わったかも知れない。仁の右手が携帯電話を握りつぶそうとしているのは、きっと電話口の相手への怒りと、自身の不注意に対する怒りとがないまぜになっているから。

「今どこにいる?」

「教えるとでも思いますか?」

既に相手側は仁と一対一で闘っても勝ち目はないことを知っている。

「教えろ」

地の底から響くような声だった。

「……まあ最初は貴方に姫様の様子を伺おうと思ったのですが」

独り言に近い電話口からの声。取り合っていないことがまた仁の感情を逆撫でする。きっと彼女は最初の電話について言及しているのだろうが、仁にとってはどうでもよかった。姫というのが誰を指しているのか、そもそも何故彼の電話番号を知っているのかについても同様だった。

「教えろって言ってるんだ」

「……」

やがて、やれやれと呆れた声が返ってきた。

「もう少し賢くならないともっと失いますよ?」

「アンタを殺せばもう失わない」

押し殺した笑い声。嘲笑というより失笑に近い。

「今の貴方とお話しても無駄のようですね」

冷たい声。子供の駄々を見切ってしまった大人。

「私が欲する情報は頂けないでしょうね。まあ貴方の様子から大概はわかったので良しとしましょう」

それではごきげんよう。締めの言葉までにはいつもの穏やかなトーンに戻る。

「待て!」

ガチャリと受話器を置いた音。仁は着信履歴のページからリダイヤル。血の上った頭でも、相手が公衆電話からかけてきていた意味を理解するのに然程時間は要さなかった。いや、仮に相手の携帯電話からかかってきていたとしても、彼女の態度から繋がるとは思えない。

「クソ!」

叩きつけた黒い機体は、白一面の雪の上にポツンと浮いていた。


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