第一章 第十九話:孤立
ここ、私立中谷精霊魔術学園の高等部は最初の一年で、小中と習ってきた精霊魔法全般に通ずる基礎を反復する。二年目以降は開講される授業の中から、自分の主属性などを鑑みて、学生自身が授業を選択して時間割を組み立てるという、大学のようなシステムになっている。一年生に編入した仁と奈々華は当然、毎日朝から夕方までクラスメイトと肩を並べてお勉強しなければならないのだが……
奈々華は仁を起こすのを諦めた。
二段ベッドの下の段、息をしていなかったら死んでいるのではないかと思うほど、深い眠りについている仁は、奈々華が再三揺すっても大声を出しても目を覚ますことはなかった。
「私行くよ?」
当然仁から返事はなく、ぴくぴくと眉の辺りが動いただけだった。奈々華は小さく溜息を吐いて…… それから一転、緊張したように顔を硬直させた。
「……起きないから悪いんだからね」
そっとまたベッドの脇に腰掛けると、顔を仁の顔に近づける。そのままそっと自分の唇と仁の唇を合わせた。重なっていたのはほんの一瞬。ゆっくりと名残惜しそうに顔を上げた奈々華は、行って来ますと残して部屋を後にした。
奈々華が自分の教室に着くと、教室の和やかな空気が不自然に止まった。奈々華の視線から意図的に数人のクラスメイトが目を逸らした。またぎこちなく友達同士で会話が始まる。
奈々華には何となくわかっていた。仁の得体の知れない、異常な強さ。皆仁と古代竜との戦闘を見ていたのだ。まるで盗っ人のように周囲に視線を配りながら目黒が奈々華に近づいてくる。
「おはよう」
何も気付いていないかのように、奈々華が自然に挨拶をすると、ややぎこちない笑みを浮かべて挨拶を返してきた。
「えっと…… ごめんね。皆小学校から一緒だからか、新参には結構厳しいんだ、この学校」
随分言葉を選んだようだが、あまり成果はあがらなかった。目黒は案外口下手なのかもしれない。
「ああ、気にしてないよ。気にかけてくれてありがとう」
朗らかに笑う奈々華からは本当に気にした様子は窺えなかった。
「ううん。その…… お兄ちゃんがやったことで、奈々華ちゃんは何の関係もないのに……」
「それどういう意味?」
笑みが消えた。整った顔が無表情を作ると、迫力がある。
「え?えっと……」
「春ちゃんも、お兄ちゃんのこと良く思ってないの?」
囁くような声量は、首を縦に振ったらどうなるかわかっているな、という警告を兼ねているようだった。
目黒は慌てて顔の前で両手を振る。彼女の怯えたような表情を見て、奈々華はやっと無表情を壊して、気まずそうな顔を作った。
「そんなことはないよ…… わ、私はただ……」
ごめんと小さく呟いて、目黒の脇を通って奈々華は自分の席へと歩き出す。
「お兄ちゃんはこの学園を、私達を守ってくれたんだよ…… なのにこんな扱いってないよ」