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第五章 第百八十一話:巡る感情

16両編成でやってきた灰色の地下鉄の内部風景は仁たちのいた世界のものとほとんど差異はない。休日らしくまばらな客も、いつもの勤め人らしき装いを、ラフな格好に替え、妻子を連れて家族サービスに励んでいる。唯一違う点といえば、中吊り広告の社名や雑誌名、大学名などが全く知らないものである程度。奈々華と仁は七人掛けのシートの端に並んで座った。

「混んでないといいけどね」

「……うん」

途切れる会話。仲の良い兄妹は時折沈黙を生むが、それはこれとは似て非なるもの。親しい者同士が恣意的に生むそれは、いつでもどちらからでも破れるもの。破っていいもの。これは違う。ある種強制的に生まれるもの。破っても破りきれないもの。

これから二人が行くところは「精霊園」と呼ばれる場所。動物の代わりに精霊を客にお披露目する場所。奈々華の案には、動物園、植物園、映画館、など高校生らしい候補が含まれていたが、どれも仁を退屈させそうで、一風変わった場所を選んだつもりだ。折りしもそれは仁の興味をひいた。

「可愛い精霊がたくさんいるのかな?」

「……多分」

静と村雲、両刀を携えていた。精霊を見世物にするような場所に、村雲を連れて行くことは抵抗があったが、静が何も言わなかったのでそのようにした。前日の静の言葉が正しければ、村雲を一振りぼっちにさせるのは憚られる。電車は各駅停車。アナウンスが入り、扉が開くたび、暖房の効いた車内に冷たい冬の空気が侵入してくる。

「次は蓮の台。蓮の台。お下りの際はお忘れ物のないように……」

アナウンスもまた普遍的。いつのどこの世にも電車に忘れ物をしてしまう人間はいるのだろう。

「次だね」

「うん」

終始話しかけるのは仁。こちらの世界に来たときとは立場が逆転していて、奈々華はほんの少し可笑しくなる。



こんなにも状況は変わった。お兄ちゃんが自分から私に話しかけてくれる。私を気にかけてくれる。最初からは想像もつかないほどの進歩、幸せ。

こんなにも状況は変わった。お兄ちゃんが私の我が侭を聞いてくれる。「しょうがないな」と私の大好きな微笑をくれる。胸の中がぽかぽかする。

なのに、どうして私はまだ片意地を張っているんだろう。

お兄ちゃんがあんなことしてたから? 違う。シャルロットの言ったとおり、お兄ちゃんが深い考えの下で行動することは滅多にない。だからアレに他意なんてない。額面どおり解呪をしていただけ。彼女達がいくらお兄ちゃんに想いを寄せても、お兄ちゃんさえ取り合わなければ、それが叶うことなんてない。

だったらどうしてまだぎこちない? ふと自分の中の幼さを再認識する。そっか、寂しいんだ。不安なんだ。お兄ちゃんを独り占めしていたいんだ。庇護欲とないまぜにしたような愛情さえ、他の人には向けて欲しくないんだ。妹は私だけ。私だけを守って、見ていて。笑いかけて欲しいんだ。

「ほら、奈々華。下りるよ」

すっと顔の前に伸ばされた手。ゴツゴツしていて、温かい手。私を守ってくれる手。顔を上げるとお兄ちゃんがいつもの微笑とも苦笑ともつかない気弱な笑みを浮かべている。今この瞬間は、私にだけ向けられる笑顔。永遠でない? だったらこの世界に私とお兄ちゃんだけになればいいのに。そうすればこの笑顔は私だけのものになるのに。

ただ、そうだよね。まだその笑顔を向けてくれるなら、私はそれを曇らせてはいけない。



そっと伸ばされた奈々華の手を、仁は優しく受け取り、二人は電車を下りていった。

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