第一章 第十八話:甘え
宴もたけなわというには二人きりでは寂しいものがあったが、仁と近藤は主にギャンブルの話で盛り上がった。酒も進み、二人とも少し呂律が怪しくなってきたころだった。
「何か悩み事があるのかい?」
何の前ぶりもなく、近藤が目だけを仁に向けて言った。
「どうして?」
「……俺の勝手な人間観察なんだけどさ、君はそこまで明るい人間じゃないだろう?」
失礼な物言いだが、仁は酒を呑む手を止めた。
「どうですかね…… 自分じゃわからんもんです」
ぽりぽりと顎の辺りを掻きながら、近藤から目を逸らした。
「……ちょっ厄介な仕事を安請け合いしてしまったんですよ」
男二人のうわべだけの会話が何時間も続くわけもなく、場がしばしの沈黙に包まれていた時だった。空気に耐え切れなくなったわけでもなく、仁は少しさっきの会話をぶり返してみようと思った。
「学生じゃなかったのかい?」
茶化す。誠実さに欠けるようにも感じられるが、大人らしい対応にも感じられる。
「スーツ着てやるようなんじゃなくて…… 友達の頼みごとに近いかな」
「ふうん。断れないのか?」
近藤がテーブルに置いたタバコを一本取り出す。かちっと百円ライターの音。一口吸った近藤が白い息を吐き出した。
「残念ながら……」
「じゃあやるしかないな」
近藤の返事は早かった。いつもの柔和な笑みもなく、ただ自分の指先に絡みつく副流煙を眺めている。
「断れないってことは、その友達はよっぽど困ってんだろ? それを一度引き受けちまったら…… やるしかねえだろ」
「……」
「歯ぁ食いしばってでも…… それが道理ってもんだ」
近藤がちらりと店の掛け時計を見た。閉店の三時まであと三十分だった。それまで無言で酒やつまみを作り続けていたマスターが、何とも言えない表情を作った。
「そう…… ですね」
二人を除けば店内の最後の客である若い男性二人が、奥のテーブルから立ち上がった。
仁は少し冷える夜風を向かいから受けながら、火照った体を学園に向けて動かしていた。徐々に街のネオンの光が淡くなっていく山道を、言葉もなく歩き続ける。ガードレールで敷居された道の両脇には木立が思い思いの方向に枝を伸ばしている。
自分でも何で近藤に内心を吐露したのかわからずにいた。顔を合わせたのは今日で二度目。他人も他人。
第一、あれが自分の本心だとも思いたくなかった。何と女々しい。近藤の言葉にぐうの音も出ない。
ざしゅざしゅと、スニーカーがアスファルトの路面を擦る音をどこか遠い世界の音のように聞きながら、仁は夜闇のような心の中を探って…… 一つ思い当たった。思い当たってしまった。
「優しい言葉をかけて欲しかったんだな」
敢えて言葉に出した自分の未熟に、仁は唇を噛んで耐えた。
鱗を斬りはがし、肉に食い込む感触。噴出す生暖かい、自分が奪った生命。
圧倒的な疎外。自分とは異質なモノを見る目。救世主を待つあまりの理不尽。
味方ではなくなった者との生活。最早交わることのない兄妹の道。
「たった一日でこれじゃあ、明日には胃に穴が開くな……」
鼻から自嘲の息を漏らし、ガードレールに思いっきり拳を叩きつけた。