第五章 第百七十九話:妹の迷走
「ちょっと陰湿じゃないかな?」
配膳された夕食を見て、仁は不平をこぼす。しかしあまり強気に出れないために、口元に曖昧な笑みを浮かべている。仁の前に置かれたメインディッシュはハンバーグ。簡単に手の平におさまりそうなサイズのそれは奈々華のものの実に二分の一程度だ。呪翅退治から三日。その間仁の食生活は悪化の一途を辿っている。昨日のカキフライ、奈々華よりも三個から四個は少なかった、に続き本日も格差が顕著だ。
「何? 何か文句でもあるの?」
綺麗な二重の目を細めて睨むようにして仁を見る。
「何でもありません」
どんなものであれ、食事を作ってもらっている身の仁にそこまで大っぴらに文句を言う権利があるとも思えない。彼女の思考のプロセスが未だに理解の段で留まっているのが仁だけの帰責と言うには酷であるが、一端を担っているのも事実。そういった点からも、仁は目の前の可愛らしいハンバーグを黙って食べるしかないのだ。逃げるようにして皿に目を落とした仁、小さな後悔と大きな怒りの狭間で迷いのある顔の奈々華。食事は団欒から程遠いものとなった。
「そろそろ許してやったらどうなんだい?」
シャルロットは精霊の分を越え、年長者として語りかける。その瞳は全てを透徹するような、人にはない妖しい奥深さを時折感じさせる。それらが真っ直ぐに奈々華を捉えている。黙り込む彼女に、人生の先達は言葉を繋げる。
「人間てのは難儀だね。怒ってなくてもすれ違うんだから」
「……」
「よくは知らないけど、アンタとアイツが昔気まずくなったのもそういう感じだったんじゃないのかい?」
「……かも」
「このまま放っておいたら二の舞になるんじゃないのかい?」
きっと彼女も本心では自分が間違っていることをわかっている。彼に真実を告げるでもなく、悪戯に自分の気持ちの先端だけぶつけている。どうして理解してくれないのか、それは互いに思っていて、それがいつか大きな溝に繋がって…… 確かに三年前と似ているのかもしれない。
「きっかけが要るんだろう? ごめんなさいって言いな。明日はアンタの望んでたデートだろう?」
「……そのデートの前にあんなことするんだもん」
はあ、とシャルロットの溜息。堂々巡りの奈々華の思考。自分が悪い、しかし仁も悪い、仁は何故自分が悪いのかもわかっていない、その非はとがめられない、でも腹が立つ。そんな自分にも腹が立つ。けど本当は怒ってはいないのだ。ただまた四日前と同じように過ごし、お邪魔虫が寄り付かないようにしていればいいだけ。そしてそのためには何かきっかけが必要で、それにうってつけなのが明日で、シャルロットはそう言っている。
「アレはそんなに要領の良い方ではないだろう?」
「そうだけど……」
年頃の少女二人と一緒に行動を共にしても気の利いたことを言って誑かすような器用な男ではない。しかし彼の方にそんな気がなくても、彼女達、少なくとも坂城は確実に仁に気があるのだから、先の行動が及ぼす波紋は想像に難くない。
「しっかりしなよ。そんなんじゃ本当に誰かに取られちゃうよ?」
「わかってるよ、そんなこと」
語気が荒くなる。奈々華とて、このまま仁に冷たく当たり続けても良い結果を生まないことは十分わかっている。仁の思考回路が以下のようになることもわかっている。また嫌われてしまった。距離を置こう。それは奈々華の望みとは間逆に向かっている。
「わかってるんならやることは一つだろう。いいかい? 明日は何とかして仲直りするんだよ?」
結論としてはそれ。至上命題として第二の隔絶は避けねばならない。
「惚れたほうが多少の我慢をするのも、古今東西決まりごとさね」
奈々華は、そればっかりと口を尖らせた。