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第五章 第百七十八話:至らぬ納得

簡単な顛末は話した。しかし奈々華の表情は未だ憮然としたままだ。仁はまるで他人事のように、勿論弁明の必要性は重々理解はしているのだが、その姿にある種の懐古を覚えていた。つまり昔、隔絶してしまう前にはよくあったことだ。

「だからさ。解呪するんならわざわざあんな方法をとらなくてもいいでしょう?」

仁は知っている。理論武装の裏側に隠された感情がたった一人の家族をとられるかもしれないことへの不安と焦燥だと。どこまでも利己的でいっそ愛情すら覚える幼さ。

「それについては不味かったと俺も思っている。もっと他の方法を考え付くべきだったと」

そう、弁明は必要だ。もし仮に奈々華が仁の知っている男であれ、知らない男であれ、頬に口づけあっているのを見たら…… いい気はしない。一言相談や報告があってもいいのではないか、自分はそんなに信用がないのかと恨み言の一つも浮かぶ。もっとも仁と坂城の間に、或いはミルフィリアの間にそういった感情や関係は存在しないので、彼女の早合点ではあるのだが。だからこそ釈明は不可欠だ。

「大体お兄ちゃんは…… その、好きでもない女の子にキスして平気なの?」

「まあ減るもんでもないし」

「お兄ちゃん?」

なかなかドスの効いた声。

「仕方のない、いわば医療行為に近いし。確かに奈々ちゃんの言うとおりマズイ方法ではあるけれど、思いついて実行して成果が挙がった以上はそれでいくしかないっていうか……」

「……わかってるよ。そんなこと」

「わかってるんなら、怒りを静めてくれてもいいんじゃないか?」

仁の声にも少なからず疲労が滲む。もし彼女の言葉が本当なら、仁にこれ以上釈明の言葉はない。後はその理解から納得、許し、更には信用へと彼女の心の中で消化すべき、昇華すべき事柄だ。

「別に怒ってるわけじゃないもん。納得できないだけ」

つまりその思考の階段が理解で留まっていることを示唆した。

「だからさあ……」

疲れを通り越して怒気が見られる。昔と違う点。彼女はしつこくなった。それは彼女の兄への想いが一層強くなったことと、仁の愛情に未だ全幅の信頼を置けていないことに由来するのだろう。

「もういい。もういいよ」

静かにそれだけを告げ、仁に背を向けてもと来た道を引き返し始める。辺りはすっかり暗くなり、虫の死骸もその黒を闇に溶け込ませている。黙って兄妹の諍いを聞いていたミルフィリアが鞄をまさぐり、用意していた懐中電灯を持ち出す。そのまま走って奈々華を追い越し道先案内人。


ミルフィリアが先頭、少し後を奈々華、それを見守るように仁。その仁を更に心配げに見やる坂城が平行して歩いている。きっと彼女のことだから、原因の一端は自分もあると責任を感じているのだろう。しばらくは誰の間にも会話はなく葬列のように、腐りかけた葉に各人の靴が沈み込むわずかな物音しか周囲にはなかった。

「ああ、そうだ。坂城。昨日電話する前に…… ああ、えっと。アレ以外にも電話してきたか?」

不意に何かを思い出したという顔をして、仁は坂城に尋ねる。周囲の空気を配慮してか少し声を落としていたが、先頭のミルフィリアまでキチンと聞こえていた。暗闇の中で奈々華がまた顔を歪める。

「え? いや。昨日電話したのはあの時、六時くらいの一回だけだが……」

仁にしても確認行為だったようで、気落ちも疑問符も顔には浮かんでいなかった。坂城がわざわざ街まで下りて公衆電話を探し、そこから仁の携帯電話にかける意味はない。同様にミルフィリアも行方も推測からは外れる。後は広畠、或いはヒメネス。近藤の電話番号も未だ電話帳には残っていたが、死人からかかってくることはない。

「どうかしたのか?」

黙考する仁に、坂城が心配げな声をかける。

「……いや。なんでもない」

一時、奈々華のことも忘れ、仁は電話の相手に思いを馳せていた。もしかしたら既に退職してしまった自分の手まで借りなければいけないほど、のっぴきならない事態に、例えば前例に類を見ない強力な精霊が現れた、なっているとしたら…… 

いや、それなら電話が一度きりというのもおかしい。それに、やはり携帯電話が使えなくて公衆電話からかけるという状況が思い描けない。バッテリーが切れた、くらいしか思いつかない。事務所に戻ることも出来ない状態で、その最悪の事態を迎えたとしたら有り得ないことではないのか。

今考えてもわからない。それが結論だった。情報が少なすぎる。

いつの間にか、四人の目前には学園の裏手、大岩が姿を現す。暗闇の中で威風を失わず、デンと佇む。その更に向こうに学園の明かりが仄かに灯る。暗闇と重苦しい空気に身を置いていた一行には、それは道標のような安堵を与えるのかもしれない。しかし仁だけは、それが目に入っている筈なのに、依然暗闇の中に沈み込んでいるような深刻な顔をしていた。

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