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第五章 第百七十五話:呪翅

「やっぱり不安定なのかね?」

仁は隣を歩くミルフィリアに無駄口を叩く。目撃者の話では部室を出てすぐに出くわしたとのことだったのだが、そこを遙かに通り過ぎても未だはぐれ精霊の気配はなかった。今一行は更に奥へと進んでいる。

「……何がですか?」

「わかってんだろう」

涙を見せてしまった恥ずかしさからか、二人に先んじて前を歩く坂城を顎でしゃくる。

「木室さんが裏切った矢先のことで気持ちの整理もつかない状態で、今度は貴方があんなつれないことを言って傷つけてしまったことを気に病んでいるのですか?」

「オブラートはどうした?」

「女の子を泣かす馬鹿者は粉薬を喉に詰まらせて死んでしまえばいいとは思いませんか?」

「……」

やはり口ではミルフィリアに分がある。仁は降参の合図とばかり後ろ髪に手をやり、周囲の風景に目を移す。中庭と同じように殺風景。しかしそれとの相違点として、街とは反対側の斜面が眼下にあって、竹薮が唯一の緑を担当していた。

「泣き虫ではあったけどな……」

「あの子が泣き虫なのは今に始まったことではありません」

「とは言えなあ。うまく言えないけど…… 何か精神の揺れというか」

「空想の崩壊が近いのかも知れないですね」

「え?」

「何でもありません。あの子にはもう少し時間をあげましょう。別れのための」

論点が絶妙にすり替わっていたが、仁もその意見には賛成のため、坂城の話しはそれでお終いとなった。


「お前も平内涼子の仕業だと思うか?」

「何がですか?」

「それはもういいって…… 今回のことだよ」

微苦笑まじりに。無駄口を叩きながらも、両者周囲への警戒も同時に行っていた。鈍色の空に日は弱く、ステレオタイプな冬の午後が下りている。ミルフィリアの艶やかな髪は、その中にあって一番星のように静かに輝いていた。

「貴方ではないのでしたら、そうでしょう」

「消去法でしか導けないかな?」

「それに恐らく今回のは下級精霊。涼子は全部の属性に適合しますが、黒はやはり特殊。それほど強力なものは呼び出せないはずです」

「なるほど」

それも消去法。

「大した力はありません。せいぜい人に悪戯する程度でしょう」

「それでも俺を呼ぶのか」

「用心にこしたことはありません」

「黒の精霊なのに大したことないんだな」

「色はあまり関係ありません。精霊達もまた生態系を築いています。力弱きものも居ないと捕食者が困るでしょう?」

「冷たいな。現実的とも言うけど」

「温かさが要りますか?」

そう言って笑うミルフィリアには、言葉とは裏腹に、周囲に漂う凛とした冷気にそぐわない人懐っこさがあった。

「……来た!」

坂城の緊張を含んだ声。仁もミルフィリアも口を閉じ、先頭に追いつく。半ば二人の前に盾のように飛び出した仁は、当然同色の魔術師として相手の攻撃が効きにくいであろうという算段の下、目を見開く。敵は宙に浮いていた。小さな体、小さな羽。口はストロー状になっている。丁度クマゼミと蝶を足して二で割ったような格好。それが数を数えるのも面倒な程の群れになっている。仁の視界の先一帯だけがまるで一足早い夜のように黒い幕が下りている。

「昆虫じゃねえか」

その言葉ほどに仁の顔に油断はない。ただの昆虫採集に仁がわざわざ借り出されるはずもない。もっと言えば彼女達が本腰を入れて討伐に向かうこともない。

呪翅じゅし、操る魔術師がいなければ統率の取れた動きはしてこない。羽虫と何ら変わらない」

坂城の顔も険しい。

「ただ攻撃を食らうと……」

人の言葉がわかるわけもないが、実例を示すかのように数匹が先陣を切って坂城目掛けて翅を動かす。

「メイスン!」

いつか見た水棲トカゲが坂城の足元に顕現する。それと同時に小さく何事か呟く声。坂城の体が光る。暗黙の内に詠唱の最中の警護を受け持つ仁は、静を振り回し呪翅の群れに斬りかかる。しかし仁の武器は一対一の戦いにおいては絶大な威力を誇るが、多対一、しかも体の小さな精霊の群れを相手にするには徹底的に不向きだった。丁度風に舞い散る桜の花びらを全て斬れと言うようなもの。何匹かは斬り伏せたものの、零した数匹が連れ立って坂城の顔や手の甲、地肌が露出する部分に向かって飛翔し、かすめていった。

直後坂城の手の平から発射される洪水。群れの中心を直撃し、仁が斬り伏せたそれらの上に翅を濡らした死骸が重なる。おびただしい数を屠ったが、それでもまだ半分以上が残っている。焦燥を煽るような羽音が耳につく。その音に重ねてミルフィリアが最後方で詠唱を始めた囁き声が聞こえてくる。

「すまん! 大丈夫か?」

一旦坂城の傍まで後退した仁は目だけ動かして彼女の様子を探る。かすめた部分からは微かに血が滲んでいる。引っ掻き傷のようなそれは、傷痕に似つかわしくない量の出血を伴っていた。

「攻撃されると、血が止まらなくなる呪いも同時にかかる」

苦々しげに話す坂城の言葉に、仁はようやく自分が呼び出された理由を知った。

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