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第五章 第百七十四話:泣き虫こよし

「俺もテストを控える一学生なんだけど?」

落ち葉が腐り、土へと帰る途上の柔らかい地面を踏みしめながら、仁は先方を歩く姉妹に人のいい笑みを向けた。学園の裏手、精霊との契約に使う大岩を過ぎ、各々の部室が立ち並ぶエリアを過ぎ、辺りは未開の森林となっていた。はぐれ精霊狩りに付き合え、用件はそれだけだった。

「都合のいい時だけ生徒面しないでください」

足は緩めず、首だけ振り返ったミルフィリアは呆れた表情。どうせ何もしていないんでしょう、と図星を突くことも忘れない。

「そんなことわからないぞ? もしかしたら暇で暇で仕方なく少しは勉強しているかもしれんぞ?」

「ないな」

「ありえないですね」

仲良くほぼ同時に。仁は苦笑いを返して、タバコを地面に落として踏み消した。

「それにしても、いきなり呼びつけてヒドイんじゃないか? 奈々華を言い聞かせるのに大変だったぞ?」

奈々華を危険な目に遭わせるかもしれない。そんなところに連れて行くわけにはいかない。最終的には理解はしてくれたが、納得はしていなかった。仁を部屋から見送るときの顔は、晴れやかとは対極に位置した。

「……それについてはすまないとしか言いようがない」

坂城は時折仁の冗談にも律儀な返事を返す。そして決まってそんなときの周囲の感情は可笑しさと愛しさをないまぜにした何とも言えないもの。仁が「天然泣き虫娘」と折を見てからかうのは決して馬鹿にする意味合いを含んではいなかった。

「まあいいや。それでそんなに凶暴なのか?」

「いえ…… そういうわけではないのですが」

二人の説明では部活動を終えた高等部の三年生が昨日、件の精霊の姿を目撃したとのこと。その生徒はすぐに逃げたので事件にはならなかったのだが、報告だけは坂城に上がってきたということ。仁は歯切れの悪いミルフィリアを急かすでもなく、ただ足を動かすたびに揺れる靴先についた湿った黒い葉を目で追っていた。

「恐らく黒の精霊なのです」

溜息を吐き出すように、観念したように。仁は冷静な顔をしていて、内心の動揺は気取らせない。やがてミルフィリアも坂城も立ち止まり、くるりと彼に向き直った。

「俺を疑っているのか?」

最近おかしいんだ。世界がおかしいんだ。ここも崩れるのか。

「……」

「疑われても仕方ないだろうね。黒の精霊を呼び出せるのは、俺一人だからね」

そしてそれが一番賢いやり方とでも言うように、仁はいつかも吐いた台詞を機械のように無機質な声で再現した。

「否定はしないのですか?」

「否定に何の意味がある?」

仁は悲しいほど知っている。一度湧き上がった猜疑は、害虫のように駆除しても駆除しても、新たに湧いて出てやがては人を飲み込む。

「……見くびるな。私達が君を疑うわけがないだろう!」

今まで姉と仁のやり取りを黙って聞いていた坂城が悲鳴のような声を上げた。泣いていた。ぽろぽろとどこまでも透き通った宝石が目尻からこぼれる。絵本の世界の鉱山のように、拭っても拭っても新たに湧いて出てやがては仁を優しくさせる。二歩、三歩、近づいて頭を撫でてやる。それでも泣き止むことを知らない少女を、それでも辛抱強く撫で続ける。水のように簡単に干からびてしまう。水のように勢いをつけてやればどこまでもいつまでも流れ続ける。

「よしよし。いくらでも撫でてやるから泣き止んでくれよ」

「気持ち悪いですね。奈々華さんに頭でも殴られたんじゃないですか?」

「そこまで凶暴じゃねえよ」

そう、いつものように。坂城が場の空気を読まず、真剣に生きていて、仁が宥めて、ミルフィリアがからかって…… 最後には坂城も笑って、つられて二人も笑う。

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