第一章 第十七話:晩餐
仁が部屋に戻ると、奈々華が出迎えてくれた。
簡素な造りのテーブルの上には、既に夕飯の用意が出来上がっている。二人分の食器に、白米と味噌汁、鳥の唐揚げとシーザーサラダ。奈々華が用意したものだった。
「……俺の分まで作ってくれたのか?」
コクリと頷いて、ニコリと笑う奈々華。
「凄いんだよ、ここ。紙に書いた食材を、すぐに配達してくれるんだ。風魔法でびゅーんって」
「……」
「そういう業者さんがいるみたい。街まで行かなくてもいいなんて便利だけど、運動不足になりそう」
身振り手振りをまじえて、奈々華が楽しそうに話す。
「……今日はありがたく頂戴するけど、明日からは俺の分は無理して作らなくてもいいよ?」
食堂もあるみたいだし、と自分が座る床を指差した。一階には学生食堂があるらしい。
「……」
「金のことなら気にしないで。第一俺たちは好き好んでここに来たわけじゃないんだし、あんまり負担になるようなことは……」
仁は奈々華に坂城から貰った金を半分渡してあった。
「負担だなんて思ってないよ。それに…… お兄ちゃんが貰ったお金ってだけじゃなくて。お兄ちゃんはここを守ってくれてるんだから、これくらいは……」
この学園を守るということは、必然学園に住む人間を守るということでもある。
「まあ、それなら…… 遠慮なくいただきます」
仁は顔の前で手を合わせて、箸を取った。
昼間の散策で、仁はいくつか覗いてみようと思った場所があった。
その一つ、<六ちゃんのバー>と看板を出した飲み屋の暖簾をくぐった。打ちっぱなしのコンクリートの雑居ビルの一階に入っているテナントで、店の中も同じように殺風景な灰色の壁。床には木目のタイルが敷き詰められていて、仁が歩く度こつこつと無機質な音を立てた。
そこまで広くない店内にはカウンター席とテーブル席。それぞれ五つくらい。店員は見る限り一人だけ。接客に追われていて、好きな席に座って構わないとだけ仁に告げた。
カウンター席に見知った顔を見つけた。近藤だ。
青いシャツに、黒のジーパン。相変わらず、年齢が特定しにくい風貌だ。仁の視線に気付いて軽く手を上げる。
「やあ、城山君。よく会うね」
店の端に遠慮がちに置かれたカウンターに近づくと、仁は挨拶を返して、隣に座った。カウンターの向こう、白髪の男性がいらっしゃいませと、好々爺らしい笑みを見せた。六ちゃんかもしれない。
「お仕事の帰りですか?」
「……まあ、そんなところだ」
手元には氷の入ったグラスに茶色い酒。ウイスキーだ。随分呑んでいるのか、近藤の息には多分にアルコールが含まれていた。
「お疲れ様です。こちらにはよく?」
「うん。週に二回くらいは来るかな。まあ、来始めたのは二ヶ月くらい前からだけど」
はは、と人懐っこく笑う。会話を一しきり待って、マスターが仁に注文を聞いてきた。ああと唸ってから、仁は近藤と同じものをお願いした。
「あの雀荘もですか?」
「そうだね……」
それっきり会話が少し止まった。昼間にプラプラしていたり、かと思ったら日付が変わる頃に酒場で一人酒。近藤の職業について仁は少し興味を抱いたが、尋ねるような無粋はしなかった。
「城山君は学生?」
また一口、グラスに口をつけてから近藤が尋ねる。ええ、と頷いてから仁も出されたウイスキーを口に含んだ。
「ここの、美味いだろ?」
仁が再び首を縦に振ると、近藤は自分が褒められたわけでもないのに、嬉しそうに笑った。本当のところ、酒の味についてはよくわからないのだが、その笑顔を見て仁も照れたように笑い返した。