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第五章 第百六十八話:遠慮

「坂城は一体どうしたんだ?」

前を歩くミルフィリアとの間には、気まずい雰囲気。仁はいっそ話題を変えることにしたらしい。でもそれは全く意味のない世間話というでもない。先程会った時、仁は坂城に木室への対策についての話をふった。仁が幻創痛に苛まれている間、ろくに話し合うことが出来なかったからだ。しかし防衛の観点からいつまでも野放しというわけにもいかず……



「木室の居場所については何か掴んでいるのか?」

途端、坂城の顔色が変わった。仁はその変化がどういう感情からくるものなのか、察することができなかった。

「……もう呼び捨てなんだな」

未練。見て取れたのはそれだけ。黒檀の机の上に手を組んだまま、微動だにしなくなった。丁度対面に座る仁の腹の辺りに目の焦点を当てている。仁は黒ずくめの服装をソファーに溶け込ませたまま、次の言葉を待つことにした。

「カエデには何か事情があるはずだ。じゃなきゃ……」

「私を裏切るはずはない?」

言葉を切った坂城を急かさないよう、優しい声音になっていた。

「……そうだ」

「だけどだな……」

「裏切るはずがないんだ。彼女は私が一番よく知っている。口にはしないが、私のことを娘か孫のように思っていてくれた。私も祖母のように思っていた」

坂城は口早にそれだけを言うと、再び動かない彫像のようになった。祖父母の顔を知らない彼女にとって、木室はまさしく祖母なのかもしれない。祐を目の前で奪った木室に対して、ただならぬ感情を抱いているであろう仁を気遣えない。彼女にとっては、今でも木室は祖母なのだ。

「そうかもしれないな。事情があるんだろうな」

半ば気迫負けしたように仁は鼻の頭を触りながら、そう言って宥めた。



「今のアイツの様子だと、現実的な話し合いが出来ないぜ?」

事情があろうが、なかろうが、木室が学園に翻意を見せているのは事実で、現に学園の生徒を一人殺めているのだ。対策は必然だ。

「……空想を見ているのですよ」

「え?」

消え入る声は、二人しかいない空間であっても、その二人の足音に掻き消された。

「何でもありません。社には私のほうから秘密裏に探らせています。まあ…… 結果は芳しくないのですが」

「そうか。使えないハゲだな」

「全く。遊庵は少しそっとしておいて下さい。あまりにもショックが大きいだけです。今は現実を受け入れる準備をしているんです、きっと」

ミルフィリアの足が止まり、くるりと仁を振り返った。棚と棚の間の通路の入り口に立っている。入り口からは随分遠い場所で、ミルフィリアの案内がなければ探し出すのに苦労しただろう。

「ありがとう。助かったよ」

「いえ。本のある場所まで行きましょう」

そう言うと、仁の返事も待たずに通路を歩きだす。これまでもこれからも迷いのない足取り。

「本当にどうして君は……」

「何ですか?」

「いや…… そんなに親切だったか?」

水掛け論になるのは目に見えているし、また彼女と気まずい雰囲気になるよりは、軽口を叩いているほうが性に合っているのも事実。

「どういう意味ですか?」

口を真横に結んで不機嫌そうな顔を作るが、彼女が怒っていないことは明白だ。


映っているのは、画素は粗いがカラーの写真。赤い体躯。実物を見ているかのようにありありと怒気を感じるその双眸。野生の肉食動物とはまた違った鋭さ。彼らは生きるために全ての他者を信じず、牙を剥き、目を瞠るが、写真の丸太鬼のそれは、人に近い。憎悪の炎を宿して狂う、人に。

「……どうかしましたか?」

ミルフィリアが横から覗き込んだ。紙面と仁を目だけ動かして見比べている。それすらも認識しているのかわからないほど、仁は写真に食い入っていた。

「いや、何でもない……」

そのまま一分近く経って、それだけを呟いた。

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