第五章 第百六十五話:魔術史への問題提起
年が明け、学園が再開された。
仁も奈々華も想像以上の張り詰めた空気に、教室内で息苦しささえ覚えた。今日は一限から五限までみっちりと学園長自ら教鞭を執っている。そしてその愛の鞭は当然にクラス一の落伍者を叩くことに余念がない。
「一学期で教えた内容だろう? もう覚えていないのか?」
「お前こそ俺が二学期の終わりから入ったってもう覚えていないのか?」
そして仁も負けていない。自分の不真面目を棚に上げて屁理屈をこねくり回すことにおいて彼の右に出る者はいない。そんな二人のやり取りはお構いなし、クラスメイト達は黒板の字を書き写すことにだけ神経を費やしていた。
「いいか? 決して我々に魔法を生成する力があるわけではない。全ては精霊の力を借りているのだ。それを忘れてしまったがために起きたのが、約五十年前の精霊狩事件だ。精霊の従順さを逆手に取り、次々と貴重な精霊を呼び出してはその命を奪い、地上の動物にない毛皮や牙、爪などを売りさばく連中とそれを平然と買っていた我々一般人にも責任がある」
「俺関係ねえし」
「君がつけているミサンガだって、精霊の毛皮だろう? 兎に角、その悲しい風潮は一体の強力な精霊の出現によって終止符を打たれる」
「へえ。すごい」
「丸太鬼と我々は呼んでいる。突如現れたそれは世界中で人を虐殺していった。丁度我々が精霊にしたように」
何百もの命が奪われた。神出鬼没、突如現れたそれに一つの街の人間が、一夜にして皆殺しにされたというエピソードもある。そして丸太鬼は、当時世界中の名のある魔術師が百人近く集結し、アメリカの地で殺害された。魔術史の教科書に載っている内容だ。今のやりとりで、仁が教科書すらろくに目を通していないことが明白となっている。
「……鬼か」
「聞いているのか?」
「ああ、バッチリちゃっかり聞いてるさ」
瞬発力だけで嘘をつく男だと、坂城も十分に知っているが、溜息を一つついただけで、深くは追求せず続けた。
「丸太鬼の出現と暴虐によって、人々は考えを改めた」
それが良心からくるものではなく、第二、第三の丸太鬼の出現を恐れたからだとは容易に察せる。人は金が絡むとき、良心や良識で動きを止めたりはしない。
「だが、喉下過ぎれば…… 現在でも精霊蔑視の傾向は根強い」
魔術師は精霊との交流から力を得るのに、それでも心の底では付き従う下僕のように考えている。いやらしくて、人間らしい。仁はミルフィリアが敵の目を欺くために、手持ちの精霊を一体仁に斬らせたことを思い出した。
「道具…… か」
何の先入観もない仁は、これまで村雲や静を対等なものとして見てきた。だが、道具として使っている以上、人のことは言えないのかもしれない。小鬼を手にかけた。子を探していただけの精霊。知らなかったとは言え、精霊側からすれば、精霊の命を無下にしている連中と何ら変わらないのかもしれない。
「おい、聞いているのか?」
「ああ、きっちりがっつり聞いている」
思案顔の仁に何を言っても無駄と知ったのか、坂城は授業を再開した。