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第五章 第百六十一話:アイソレイション

どん、と肩がぶつかり合った。夕方勤務の、田中といったか。そのまま階段を下りていく。彼と仁は二、三度言葉を交わした程度の仲ではあったが、愛想のない男ではなかったはずだ。開け放たれたままのドアから、広畠の顔が見える。眉間に皺が寄っていたのは一瞬で、すぐに仁に不恰好な笑みを向ける。彼とは何度も席を同じくして、仁はよく知っている。こんな風に愛想を振りまく男ではないことを。

「おはようございます」

幻創痛で仕事を休んだのは、倒れた日も含めて三回。その穴埋めも兼ねて、本来のシフトにはない今日、出勤を申し出た。既に二日余分に出ているので、今日の勤務を終えると一応の責任を果たしたことになる。当然、ヒメネスがダウンしたことによって開いたシフトを今度は仁が埋めるという意味合いもある。

「おう、おはよう」

相変わらず慣れない笑みを浮かべている。対照的に、いつもは微笑を浮かべる仁が、何の感情も顔に出すことなく、広畠の対面に腰掛けた。


「ヒメネスの見舞いに行ってきましたよ」

昼に食べたものを報告するような、なんでもない口調。しかし、広畠は読んでいた文庫本から目を上げ、仁の顔を見つめた。そこから何かを読み取ろうとしているようだった。

「……元気してたか?」

当たり障りのない返答から、成果は挙がらなかったことが窺える。

「はい。大袈裟だって言ってましたよ」

にこりと相好を崩した。そこからは、ヒメネスへの親愛以外は読み取れなかった。

「そうか…… その、他には何か言ってなかったか?」

仁の笑みの質が変わる。あまり良い印象を与えないものだった。

「彼は本当に純朴ですね」

「……」

「悪魔と闘ったと教えてくれました」

「……」

広畠は目を瞑り、諦めて頭を振った。

「口止めするくらいなら、病室を教えなければいいのに」

「……アイツは、お前に懐いている。結構へこんでいたみたいだから、勇気付けて欲しかった」

「可愛い弟のように、俺も思っています」

広畠はまた大きく首を振った。いよいよ観念したようにも見えた。

「黒の精霊の出現、下級精霊にも関わらず、手を焼いた」

「そしてその時、俺は職場には居なかった」

ふっと鼻で笑う仁は、続けた。

「状況証拠としてはこれ以上ないですね。黒の魔術師である俺が、精霊を操り、街を襲わせた。世界に一人と言っていい俺しか、黒の精霊と契約できません。しかも、俺はいつでも精霊と契約できる環境にあります。悪魔ははぐれていたわけではなく、俺が操っていた。だから強かった。だから井須さんにも見つからなかった。だからヒメネスは傷を負った」

「……」

「黒の精霊と契約できる可能性のある人間は、俺以外に一人だけいます」

俯いて、読経を聞くようにしていた広畠がガバッと顔を上げる。

「誰だ?」

「……そいつだと確証があるわけでもありません。俺がやったと考えたほうが筋が通る」

「誰だ?」

「……平内涼子。フロイラインの首領です。かつて、全ての属性に適性を示すと聞いたことがあります。彼女ならあるいは……」

広畠は顎に手をやり、考え込む。仁はそんな様子が、たまらなく可笑しくなった。

「俺を疑ったほうが現実的です。クビにしたほうがいいんじゃないですか?」

「……そうだな。現にお前を疑っているヤツも少なくない」

田中はその話をしていたのだろう。

「それで体裁を保つんですか? はっきり言ったらどうなんですか? 俺もお前を疑ってる。このまま裏切り者を抱えていては、いざというときに責任問題になる。よってクビだって」

言って、仁はしまったと顔を歪めた。穏便に済ませる心算だったのだろう。

「……判断しかねている」

そんな仁の顔を、広畠は見ていなかった。また下を向いたきり、小刻みにその体が震えている。

「俺は、一度信用した人間を、そう簡単に切れるほど器用じゃない」

意外な言葉だった。仁の描く広畠という人物像は、合理を第一としていた。そんな男だった。最後の最後に彼の違った一面を見つけるなんて、皮肉なことだった。

「……俺はそうやってここまで来れたんだ」

そんな広畠に、仁はただ黙って封筒を差し出した。「辞職願」と書いてある。仁は敏感だった。職場に蔓延する自身への糾弾と疎外の目を正しく察していた。例え広畠や、ヒメネスが惜しんでも、大多数の人間が仲間に対して不信を持っていれば、組織は一枚岩にならない。

「ごめんね、祐君。だけどこれ以上この人たちに迷惑はかけられないよ」

口の中で仁がそう呟く声は、広畠の携帯のけたたましい着信音に掻き消された。


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