第四章 第百五十五話:女性
「あったかいなあ」
また目を覚ました仁は、腕の中にいる奈々華に語りかける。さっきから断続的な眠りを繰り返していた。痛みと寒さと、安らぎと暖かさと。
「ありがとうね。何だか痛みも和らいでるような気がするよ」
「うん」
もぞもぞと仁の胸に鼻を擦り付けて甘える。仁は女性だけが持つ温かさと甘さ、柔らかさを感じていた。
「安心していられるんだ…… 俺に母さんがいたらこんな感じだったのかなあ」
「私はお兄ちゃんのお母さんって年じゃないよ?」
「ははは。俺より年下のお母さんはいないよね」
時々奈々華の別に笑わせようとしているわけでもない発言に仁はこうして笑ってやる。彼の優しい部分がにじみ出ているようで、奈々華はその笑い方が大好きだ。
「祐君は、家族をとても大切にしていたんだ」
自分を責めるような言い方には感じられなかった。ただ優しい友人を誇っているようだった。
「そうだね」
「今奈々が傍に居てくれることが、祐君の望んだことが正しかったって証明になる気がする」
そう言うと、奈々華の額に軽く手を当てる。前髪を掻きあげる指は、小鳥を愛でるように優しかった。
「広畠さんにも叱られたよ。いつまでもくよくよしてないで、今守るべき者を守れって」
「……うん」
「俺は君を守っているようで、本当は守られているんだ。でもやっぱり守らなくちゃいけないんだ。はは、何言ってるかわかんないよね」
「……ううん。わかるよ。それに…… 信じてる」
「そうか」
そこで会話は止まる。ただ黙って抱き合う兄妹は、傍目から見れば異常なのかもしれない。だがそんなことはどうでもよかった。お互いはお互いになくてはならないものであり、お互いはお互いを最もよく理解していた。その尊さを、家族の非互換性を、ただ確かめている。
「俺は冷たいのかな…… 勿論祐君のことは今も苦しいし、申し訳ない気持ちで一杯だ。だけど、誰かのことを引きずって、お前を守れるほど、俺は強くない」
奈々華はゆっくりと首を横に振った。長い髪が布団の中で、衣擦れの音を立てた。
「祐君のことを悼む気持ちは大事だよ。だけど、そうしていつまでも囚われていても、祐君はきっと喜ばないよ。家族を一番愛した祐君が、家族を守るためにまた前を向き始めた仁君を責めるはずがないよ」
仁はその言葉を、唇を噛んで聞いていた。「ごめん」と上擦った声が聞こえる。それが感極まったことからきていると、奈々華は知っている。奈々華は体をずり動かし、今まで胸に埋めていた顔を枕の上に出す。仁の目には宝石のように輝く涙が浮かんでいた。反対に奈々華が仁の顔を胸に引き寄せる。
押し殺すことも忘れて、明け方の部屋に泣きじゃくる声が響く。
「守れなかったんだ! 俺は!」
「うん」
どうしてこんなに可哀想なんだろう。父に習わされて剣道をしていて、人を殺めてしまった。突然呼び出された世界で、優しさを持ち続けていた結果、人を殺し、人に憎まれ、人に裏切られた。
「守りたかったんだ! 近藤さんと約束したんだ!」
「うん」
どうしてこんなに優しいんだろう。ただ事故だと切り捨てることも出来るはずなのに。悪いのは、裏切っていた木室であり、フロイラインであるはずなのに。全部を背負い込んでしまおうとする。
「祐君は…… もっと生きたかったんだ。俺も祐君ともっと生きたかった!」
「……うん」
奈々華の胸も詰まる。
「もう誰も彼も拒んで生きるのは嫌なんだ!! だから……」
「うん」
だから奈々華とまたこうしている。祐と対話の道を模索した。仲直りが出来た。坂城もミルフィリアもきっと多大な感謝を抱いているはずだ。
「間違ってなんていないんだよ。お兄ちゃんがそういう気持ちになってくれなきゃ、私はいつまでも一人だった。祐君が死んでしまったのは、辛いことだけど…… 最後に祐君と仲直りできたのは、素晴らしいことなんだよ」
息も出来ないほどに強く、奈々華は仁を抱きしめていた。