表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
151/243

第四章 第百五十一話:強さ

「俺やお前が持ってる力なんて、才能と努力で手に入ったものだ。確かにそれは財産だ。だけど…… それだけじゃあ、強さにはならないんだ」

そんな仁に、打って変わって優しい声音。

「……ヒメネスはさ、紛争国から来たんだ」

仁は聞いているのかわからなかったが、構わず続ける。

「幸い紛争は終わったみたいなんだけど」

「……」

「色んなものを失ったはずだ。アイツは一度もそんなことを口にはしていないけどな」

きっと日本に生きる誰もが想像も出来ないのだろう。

「一度、母親のことを聞いてしまったことがある…… 一瞬、ほんの一瞬、悲しそうな顔をした。だけどすぐにいつもみたいにニコニコしやがってな」

まるで息子のことを自慢する父親のような顔だ。恥ずかしそうで、だけどどこか晴れやかで。

「紛争が終わったら、今度は家がない。着るものがない。食べるものがない」

「……」

「面接の時、志望理由を聞いたら、幼い兄弟に仕送りするためだとよ」

「……」

「自分の悲しみを置いて、今出来ることを見据えて、前を見て生きていけるのが、本当の強さだと思わねえか? 誰かを失ったとき、悲しむのは誰でもするし、誰でも出来る。だけど…… まだ自分を頼ってくれる者がいるんなら、大切な者がいるんなら、そいつの為に生きることが大事なんじゃねえか?」

「……」

アンタには家族がいる。祐が言いたかったこと、近藤が気付いていながら省みれなかったこと、ヒメネスが頑張っている理由。

「幼い妹をどこかの金持ちの玩具にしないため、幼い弟を過酷な労働に就かせないため……」

「……」

「お前にはいないのか? もう誰もいないのか?」

「……います」

妹。血を分けた自分の命よりも大事なもの。自分の後をついてまわる可愛い子供。自分の味方だと言ってくれた優しい少女。自分を求めてくれる守るべき存在。

「くよくよして、なよなよして、そいつまで守れなかったら、嘘だぞ」

その通りだ。まったくもってその通りだ。何が正しいかなんて簡単に言い切れない世界で、それだけは絶対に正しい。仁がゆっくりと顔を上げる。まだ憂いの残る顔に、小さな決意を秘めている。そうだ。何があっても守るんだ。決めたことじゃないか。もう誰も失わない。奈々華も、坂城も、ミルフィリアも。

その時、広畠の携帯が無機質な着信音を鳴らす。広畠が外部ディスプレイを見て、表情を引き締める。

しばらくそんな調子で電話口の向こうと会話していたが、やがて仁に向き直る。

「待ちに待ったエマージェンシーってやつだ」

にやりとほくそ笑む。緊張感がないというより、余裕があるのだ。仁と同質の、強者だけが持ちえる自信。

「行けるか?」

コクリと頷く仁の顔もまた精悍極まっていた。迷い人が、進むべき道を見つけたら、次に湧いてくるのは力だけ。いい返事だ、と広畠も満足気に頷き返すと、二人はどちらからともなく事務所の引き戸を開けて、夜の闇に溶け込んでいくのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ