第四章 第百五十一話:強さ
「俺やお前が持ってる力なんて、才能と努力で手に入ったものだ。確かにそれは財産だ。だけど…… それだけじゃあ、強さにはならないんだ」
そんな仁に、打って変わって優しい声音。
「……ヒメネスはさ、紛争国から来たんだ」
仁は聞いているのかわからなかったが、構わず続ける。
「幸い紛争は終わったみたいなんだけど」
「……」
「色んなものを失ったはずだ。アイツは一度もそんなことを口にはしていないけどな」
きっと日本に生きる誰もが想像も出来ないのだろう。
「一度、母親のことを聞いてしまったことがある…… 一瞬、ほんの一瞬、悲しそうな顔をした。だけどすぐにいつもみたいにニコニコしやがってな」
まるで息子のことを自慢する父親のような顔だ。恥ずかしそうで、だけどどこか晴れやかで。
「紛争が終わったら、今度は家がない。着るものがない。食べるものがない」
「……」
「面接の時、志望理由を聞いたら、幼い兄弟に仕送りするためだとよ」
「……」
「自分の悲しみを置いて、今出来ることを見据えて、前を見て生きていけるのが、本当の強さだと思わねえか? 誰かを失ったとき、悲しむのは誰でもするし、誰でも出来る。だけど…… まだ自分を頼ってくれる者がいるんなら、大切な者がいるんなら、そいつの為に生きることが大事なんじゃねえか?」
「……」
アンタには家族がいる。祐が言いたかったこと、近藤が気付いていながら省みれなかったこと、ヒメネスが頑張っている理由。
「幼い妹をどこかの金持ちの玩具にしないため、幼い弟を過酷な労働に就かせないため……」
「……」
「お前にはいないのか? もう誰もいないのか?」
「……います」
妹。血を分けた自分の命よりも大事なもの。自分の後をついてまわる可愛い子供。自分の味方だと言ってくれた優しい少女。自分を求めてくれる守るべき存在。
「くよくよして、なよなよして、そいつまで守れなかったら、嘘だぞ」
その通りだ。まったくもってその通りだ。何が正しいかなんて簡単に言い切れない世界で、それだけは絶対に正しい。仁がゆっくりと顔を上げる。まだ憂いの残る顔に、小さな決意を秘めている。そうだ。何があっても守るんだ。決めたことじゃないか。もう誰も失わない。奈々華も、坂城も、ミルフィリアも。
その時、広畠の携帯が無機質な着信音を鳴らす。広畠が外部ディスプレイを見て、表情を引き締める。
しばらくそんな調子で電話口の向こうと会話していたが、やがて仁に向き直る。
「待ちに待ったエマージェンシーってやつだ」
にやりとほくそ笑む。緊張感がないというより、余裕があるのだ。仁と同質の、強者だけが持ちえる自信。
「行けるか?」
コクリと頷く仁の顔もまた精悍極まっていた。迷い人が、進むべき道を見つけたら、次に湧いてくるのは力だけ。いい返事だ、と広畠も満足気に頷き返すと、二人はどちらからともなく事務所の引き戸を開けて、夜の闇に溶け込んでいくのだった。




