第一章 第十五話:尽きせぬ恋慕
「何なんだい! あいつ! 感じ悪いったりゃありゃしない」
奈々華の周りを、落ち着きなくグルグル回りながらシャルロットは、仁への罵倒を続けていた。
「まあまあ」
「まあまあ、じゃないよ! あんた、アレでいいのかい!?」
今度は宥めに入った奈々華にまで、その鋭い金色の双眸を向ける。かなりの剣幕だ。
「……仕方ないんだよ」
奈々華は自分が座るピンクのクッションの上に、悲しげに目線を落とした。長い睫毛が大きな目にかかるのを、シャルロットは我がことのように心を痛めながら見ていた。
悲しいとき、辛いとき、嫌なとき、嬉しいとき、楽なとき、楽しいとき。
いつもあの人は傍にいてくれた。
時には優しく手を差し伸ばし、時には優しく大切なことを教えてくれた。
あの人のことが好きで好きでたまらなかった。そしてその想いは今も……
なのに、あの人が辛いとき共にいてあげることが出来なかった。
救いを求めて、伸ばされた手を弾き落とした。
今度は自分が助ける番だったのに。自分が傍にいてあげる番だったのに。
あの人から貰った大切なことを、大切な想いを、今度は自分が教えてあげなきゃいけなかったのに。
あの人のことが欲しくて欲しくてたまらなかった。夜も眠れなかった……
三年経った。
いつもいてくれたあの人がいない生活にも、慣れてしまった。
なのに、誰かを好きになることはなかった。
あの人への罪悪感?違う。
あの人以上の人を見つけられないから。あの人以上に暖かい居場所を見つけられないから。
いや、もう分かっているんだ。
あの人以上に、自分が安心できる、自分がありのままでいられる、自分が愛せる人がいないってこと。
「奈々華、奈々華」
シャルロットの気遣わしげな声に、奈々華は我に帰った。主人の横にちょこんと座り、その様子を見上げていた。まるで人間の表情のように、眉間に皺を作っていた。
「シャル。ごめん。ちょっとボーッとしてただけだから……」
強がり。カラ元気。気丈。奈々華の頭をそんな言葉が駆け巡った。
「なあ…… あんたひょっとして、仁のこと?」
「うん。好きだよ。世界中の誰よりも……」
本当。本音。真実。
隠す意味もない。隠しようもない。隠したくもない。
奈々華はシャルロットの頭を優しく撫でた。ゴロゴロと猫そのままの鳴き声で答えてくる。
「私はね…… あの人に愛してもらう資格はないんだよ」
「どういう意味なんだい?」
「あの人は、私に触れないんだよ」
「だから何の話だい?」
「でもね…… 諦められないんだよ。忘れろなんて無理なんだよ」
静かな口調。静か過ぎる口調。語る内容が紛れもない真実だと、否が応にもわかる。
奈々華の目は、憂いを帯びて儚げに見える。同時に、それでも勇ましく、覚悟を宿していた。