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第四章 第百四十四話:増長

ふわりと風が止み、二人の体を地上へと下ろす。アスファルトの大地を踏みしめるより早く、敵の姿を見とめていた。紺のカーゴパンツ、白い無地のパーカー。相変わらずの出で立ちは、ボサボサの頭と相まって歳相応の少女を感じさせない。仁と祐、少女が向かい合う。少女が履いてもいないスカートの裾を掴むような仕草で虚空をつまみ、浅くお辞儀をする。

「はじめまして。アタシはフロイラインが緑の幹部、柿木京香かきぎきょうかと申します」

勿論偽名ですが、と嘲るように笑った。

「そいつは残念だ。可愛らしいお嬢さんのお名前を是非に聞いておきたかったんだが」

仁も軽口を返す。可愛らしいという世辞は、既に皮肉の域だ。しかし少女は、気にした様子もなく、目だけで祐を見る。

「まさか子供まで連れてくるとは随分余裕ですね?」

眉に力がこもる。よほど侮辱になっているようだ。

「僕は確かに子供だけれど、仁の手伝いくらいは出来る」

仁は殴られたように祐の横顔を見た。聞き間違いではない。彼が始めて自分の名を呼んでくれた。六つも下の子供に呼び捨てられたにも関わらず、どうしようもなく仁の心は躍った。全身から力が湧き上がるようだった。

「そうだ。祐君を侮っていると、墓場で後悔することになる」

普段は決して口にしないような売り言葉が自然と出る。単純だ。だけれど嫌いじゃない。

「そうだ、友達だ。友達が侮辱されたら、我がことのように怒るんだ。それが友達だ」

「……何を言っているんです?」

「お前にはわかんないことだよ」

にやりと不敵に笑う。柿木と名乗った少女は、言葉の通じない外国人を相手にしている、そのままの表情で首を振る。そして体が新緑に光る。生命を色濃く感じさせるような力強さがあった。それでも仁は負ける気がしない。笑みを崩さないまま逆さに手招きして、かかってこいのポーズ。

「おっさんが調子に乗りやがって。ガキともどもぶっ殺してやるよ!」

少女の頭上、巨大な影が降り注いだ。



「マジックハッピーか……」

祐が風の魔術を詠唱なしに相手の精霊にぶつける。しかし相手も緑の精霊。中空でわずかによろめいただけで、すぐに体勢を整える。そのわずかな間、風で飛んだ仁が刀を精霊に垂直に持ち、弾丸となって打ち込まれる。翼竜は片の翼をブンと振っただけで空を滑る。不発に終わった弾丸が、祐の手によって地上にふわりと下ろされる。息つく間もなく、竜は翼を交互にはためかせて風を起こす。突風。竜巻とは読んで字の如く。祐の体が光る。先程少女の体を覆った光よりは幾分目劣りするが、それでも眩いばかりの緑。

「風よ。何もかもを守る楯となり、我等の自由を望め!」

簡易詠唱。かつてミルフィリアが使った高等技術。精霊の起こした竜巻の三分の一程度の大きさのもの。相ぶつかる。グワンと空間が歪むような衝突の後、あぶれた風が仁と祐の髪を激しく揺らす。

「ダメだ。もたない。逃げて」

二人がその場から左右に散る。直後、祐のそれすら飲み込んだ膨大な風が二人の間を駆け抜ける。いかな原理か、周囲を飲み込むのではなく、直線上の全てを破壊する暴威となっている。遠く、巻き込まれたベンチが刃のないミキサーに蹂躙され、見る影もなくなっていた。

戦況は、仁が思っていたほど容易いものではなかった。古代竜・緑。竜というより俊敏なワイバーンと言えばわかりやすい。しなやかな筋肉を携えたシュッとした体躯に、苔むしたような緑の体毛を生やしているのが、仁が御伽噺で見るそれとの相違点か。自分の体長ほどもある両の翼は、屈強な戦士でも折りがたく、斬りがたい。そう、祐がいなければ話にもならなかった。空を舞う相手に手も足も出ずに後塵を拝するより他なかった。

「ははは。口先だけかよ! おっさん!」

甲高い笑い声が、頭に響く。少女はさっきからほとんど微動だにせず、地上にいた。彼女もまた油断しているのだ。万全を期すなら仁の攻撃の届かない空にいるべきだ。それこそが、二人の付け入る隙であった。隙ではあるのだが、竜の暴風の前に前進もままならないのが現状。

「アイツ、何かキャラ変わってねえか?」

「……マジックハッピー」

「マジックハッピー?」

「魔法を唱えだすと性格が変わるんだ。極端にハイになる。一種の精神病だね」

なるほど、油断ではなく、彼女の性質ということ。何にせよ、唯一の光明。

「……来るよ!」

竜が再び風を起こさんと、両翼を大きく開く。

そのときだった。仁は突然、背後に何かを感じ、咄嗟に横にずれる。仁の横髪を揺らし、恐ろしい速度で何かが通り過ぎていく。黄色い矢。走る最中に視認した仁の桁外れの動体視力がなくとも、それを確認するのは容易だ。なぜなら、その矢は竜の腹に深々と刺さっている。

「仁さん、無事でしたか?」

聞き覚えのある女声がした。

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