第一章 第十四話:鼎談
話がある、と坂城に呼び出された仁は、学園長室に来ていた。
相変わらず、生徒達のタコ部屋とは一線を画す高級な家具や調度品を眺めながら、呼び出しておいて何も喋らない学園長に無言の圧力をかけた。
「……正直、君のことは怖いと思ったよ」
坂城がその圧力に屈して、懺悔でもするように独白しだした。
「そんなことはどうでもいいんだよ。聞きたいことがある」
「そうだろうな……」
「どうして敵はここを狙ってくるんだ?」
断りもなしに、仁は坂城の対面のソファーに腰掛ける。坂城がぴくりと動いて、心持ち上半身を背もたれにやった。
「岩だ」
簡潔な答え。にもかかわらず、仁は何かを得心したようだ。なるほど、と顎のあたりに手を当ててソファーに挟まれた、黒漆のテーブルに視線を落とした。
「面白いテロ活動だな…… 若い芽を摘む、か」
「奴等にとって…… いや、魔術師にとって脅威と成り得るのは魔術師だけ」
あの不思議な大岩がなければ、魔術師は新たに精霊と契約することは出来ない。敵の増援、才能ある魔術師の出現を防ぐ。理にはかなっているが、地味だという印象は拭えない。
「既に日本にある十五の大岩の内、十が奴等によって破壊された」
坂城は立ち上がって、奥の事務机の引き出しから、一枚の紙を取り出して戻ってきた。日本地図だった。
地図には青い丸印が所々記されている。全部で十五。これが大岩だとすぐに仁は悟った。
大岩のある場所には、大抵精霊魔術師専門の学園が建っていた。それ以外でもやはり魔術師関連の研究施設がある。坂城が次々、大岩の青丸を上から黒いボールペンで消していく。
残ったのは五個。東京のあたりにある大岩にまたボールペンで三角をつけた。
「現在攻撃を受けているのは、ここ。つまり我が私立中谷精霊魔術学園…」
「攻撃を受けているというのだから、どこかしらに援助を申し出ることは出来ないのか?」
仁の言葉に坂城は目を瞑り、肩をすくめただけだった。
「あまり、フロイラインに目を付けられるようなことをしたがる向こう見ずはこの世界に多くないんだ」
どうも仁が想像していた以上に、フロイラインというのは強力な組織らしい。正義が歪むほどに。
「……敵の居場所を特定出来ないのか?」
仁が唇を一度舐めて、話を変えた。
「難しい。奴等ほどの魔術師になると、遠隔地から精霊を操ることが可能だ…… 現に今回も前回もヒューイットの姿はついぞ見当たらなかった」
さすがに日本国内にいるとは思うんだが、とバツが悪そうに付け足す。仁がジッポライターの蓋を開けるピンという音が妙に大きく聞こえた。タバコの先から流れる細い煙が坂城の傍まで流れ、不満そうに目を細めた。
「……最初の話なんだがな、正直君は捨て駒程度に考えていた」
「まあ、だろうね」
言い値とは、上手くいけば勿論払うに値する働きをしたということだが、同時に失敗するとタカを括っているとも取れる。長くなった仁のタバコの灰を見て、坂城が仕方なさそうにアルミの灰皿を用意する。
「それが…… 思わぬ収穫だ」
相手の気分を損ねかねない、とは考えないのだろうか。坂城は平然と言ってのける。
「まあ、やれるだけやるさ」
まだ長いタバコを坂城の用意した灰皿に押し付けて、仁は立ち上がった。決して自信に満ちた発言をしない仁であったが、今の坂城にはどうしようもなく頼もしく見えた。