第四章 第百三十九話:破壊
「……飯でも食べようか?」
男二人で乗って、周囲の目が気にならない乗り物は、遊園地には皆無に近い。そもそも遊園地を男二人が連れ立って歩いているのは、彼らくらいだった。いたたまれなくなって、軽食も出すオープンカフェを指差したのは仁にしてもいい選択だった。
「ああ」
言葉少なく、メニューを開く。祐はボンゴレを注文し、仁は珈琲とサンドイッチを頼んだ。
何かを話しかけては、口を閉じ、相手が話すのを待ってみても、相手も同じように口からは空気を漏らすだけ。お互いにそんな状況だった。誘ったのは仁で、年上は仁で、話しをするべきは彼なのだが、一体どうして会話の糸口を掴めばいいのかわからなかった。どこまでが踏み込んでよくて、どこからが踏み込むと癇に障るのか……
「昔ここには来たことがあるんだ」
不意に祐のほうから口を開いた。痺れをきらしたのか、と仁は自分が情けなくなる。父親を殺した人間を気遣える優しさが逆に彼をみじめにした。
「……そうなんだ」
気の利いたことも言えない。
「父さんと、まだ生きていた母さん…… 二人につれてきてもらった」
「知っていたのか?」
確か近藤は母親の死を祐には知らせていなかったはずだ。「何が?」と返す祐に、仁は逡巡した。
「その…… 近藤さんは君の母親は……」
「父さんは隠しきれたつもりだったみたいだけど…… 当時の新聞なんかを図書館で見てね」
祐は弱々しく笑った。
「……」
胸の辺りに、どうしようもない感情の渦がまいているのを、仁は感じた。きっと祐は近藤の気持ちを察して、知らないフリをしていたんだ。守れなかった後悔も、子供に親の死を悟らせないための嘘も、全て透徹していた。
「J・J・ヒューイットって名前は、昔母さんが好きだったアメリカの俳優さんから取ったんだ」
「……」
仁は声を上げそうになった。やめてくれ。どの口が言えるのか。
「父さんは母さんが大好きだった。僕も母さんもそんな父さんが大好きだった。母さんも父さんもそんな僕が大好きだった」
そんな家族が不意に壊れる。壊したのは、前代の煉獄の名を冠する少女と、仁。渦巻く感情は奔流となって、仁の目頭を刺激していた。ゆっくりと額に手を当てて潤んだ目を隠す。涙を見せる資格などありはしなかった。そんな仕草を、対面の祐は黙って見ていた。
「だから父さんは黙っていたんだ」
「……」
「ここも随分と変わってしまった。僕が来た時にはもっと閑散としていた」
偶然に奈々華が選んだ場所。何の因果だろう。祐はふふふと噛み殺したように笑った。
「思い出した。メリーゴーランドの馬が今よりももっとリアルで、僕は恐くて泣き出したんだ」
「……」
「そんな僕を母さんが抱っこして乗せてくれた」
情景は目に浮かぶ。丁度通りを小さな少年が走り、それをゆっくりと追いかける若い母親の姿。目を輝かせる少年と、優しく微笑む女性。どこにでもあって、何よりも尊い光景。失われてはならない人の営み。祐はそれを薄く笑って見守っていた。一体どんな気持ちなんだろう。遠く失われた過去の安らぎを思い出しているのだろうか。
「君は……」
俺を憎んでいるよな? 愚問だ。口を噤んだ。憎まれて、恨まれて当然のことをしたのだ。改めて思う。