第四章 第百三十八話:勇気
電車で五駅ほど離れた駅、古窪南。大型のショッピングセンターや、アウトレットモールなどが駅前にどんと構え、そこから離れると程よい緑と、住宅街が連なる。大味な街と言った仁の感想も何となくわかる気がする。その住宅街に挟み込まれるようにして、古窪ニュータウン通りという大通り、そこを真っ直ぐ進むと右手に多きな遊園地が見える。よくある野球場の例えなら、十個分はあろうか。仁の身長の三倍はあるだろう鉄格子にぐるりと囲まれ、ドーム状の建物や、城を思わせる尖塔などが遠くからでも存在感たっぷりに見えた。
車中、道中会話は弾まない。それでも、不仲の二人を含んでなお、女性陣は交互に話しをふって和気に努めたのだから、仁は果報者と言える。やがて五人が五人、事務的な会話以外に話すこともなく、目的地が見えてきて、ようやっと安堵に頬を緩めた。鉄柵の一部が欠けて、受付が現れる。左右に窓口があり、中には愛想の良さそうな女性が居た。インターネットでチケットを手配したのは奈々華。それを持っているのも彼女で、それらを渡し、半券を返してもらう。無くさないように、とマニュアル通りの注意。受付を過ぎるとすぐに巨大なアーチが見える。赤一色の派手な門構えにミルフィリアが「鳥居みたい」と呟いた。
「どうするんですか? 五人で行動?」
祐は仁以外の全員の顔を見回した。彼ら二人は道中も一度も言葉を交わさなかった。アーチを抜けた広場のような場所。噴水には天使が鎮座し、それをぐるりと取り囲むように休憩用のベンチがある。人通りも多く、盛況振りを窺わせる。冬休みだからか。カップルや家族連れ、仁たちのように友達数人のグループ、様々。
「あのさ……」
仁が声をかける。裏返りかけた声は、最年長の威厳を感じさせない。祐がやっと仁を見る。不機嫌でもなく、上機嫌でもない。何か彫像でも見るような目だった。
「俺と回ってくれないか?」
時が止まったようだった。仁以外の人間は「え?」と吃驚して目を見開いている。周囲の雑音だけが、耳に聞こえるばかりだった。
「……どうして僕がアンタと回らなきゃいけないんだい?」
誰もが予想していた答え。やはりダメか、と仁が落胆しかけたとき……
「と言いたいところだけどね…… 僕も一度アンタと話しをしなきゃいけないと思っていたんだ」
祐は相変わらず、目に感情をこめずに言った。しかしそれでも、仁の心臓は鷲掴みから開放されたように、安堵の鼓動を刻み始める。これを逃したら、恐らく祐と話し合う機会は持てないだろうという強い覚悟を乗せた言葉だったのだ。
「良かった。それじゃあ行こうか」
仁が歩き出す。祐もそれについて行く。残されたのは女性三人。
「……」
「……」
「……私達要らなくないですか?」
ミルフィリアの言ってしまっては身も蓋もない言葉。いきなり仁が一対一で話そうと誘えるなど思いもよらなかった。奈々華の作戦、及び彼女から伝え聞き協力を受けあったミルフィリアと坂城の作戦は、なるだけ二人が打ち解けやすいような雰囲気を作ることだったのだが。
「まあ、私達が思っているほど、仁も根性なしではないということじゃないですか」
良かった良かったと付け足す坂城の顔は、しかし落胆の色を隠せない。
「そうですね…… 私達も回ります?」
奈々華は本当に困った様子。予想外の事態は彼女も同じ。
「……」
「……」
仁と祐の関係も改善を要するが、姉妹と奈々華の関係もまた、共通の目的なくしては気まずいものなのであった。