第四章 第百三十五話:おためごかし
「遊園地?」
「そう、遊園地」
祐の部屋の前。戸を開いて事態が飲み込めないまま奈々華を見ている部屋の主は、珍客の突然の訪問とお誘いに困惑を隠せなかった。
プライベートで会えば少しはやりやすいだろうという判断だった。昨日のこと、その他色々、一度きっちりと謝るべきだとはわかっていても、いざ面と向かって謝意を話せと言われて器用に出来るような仁ではない。そこらへんを分かっている奈々華は、彼にきっかけを与えようと考えたのだった。
「奈々華さんと、僕が?」
そんな奈々華の心中を知らぬ祐はまだ事態を把握し切れていない。それでも少し困ったような嬉しそうな微笑を浮かべる。そんな表情さえ中々蟲惑的だったが、残念ながら奈々華の心を魅了するには至らない。
「そう…… あと何人か誘って」
そこまで言えば、やはり後は彼の飲み込みは早い。その他の人間に誰が含まれるのかを察し、穿つ。
「城山さんの差し金ですか?」
「私も城山さんなんだけど?」
不敵に笑う奈々華に、逆に祐がどぎまぎさせられる。そう、不敵だった。奈々華はこの案を通すにあたり、婉曲はあだになると判断した。玄関戸から半身を乗り出したままの祐は、照れ隠しに苦笑する。
「お兄ちゃんは知らないよ。私の独断」
今度は花咲くように笑む。祐は目のやり場に困ってしまって、宙に視線を泳がせた。
「君が嫌がるのも無理はないと思う。憎んで当然だと思う。だけど…… お兄ちゃんを恨むなら私も恨んで? お兄ちゃんは私を守るために貴方のお父さんを殺したんだから」
奈々華はいつのまにか笑みを完全に消して、神妙な顔をしている。
「……」
「でももし…… お兄ちゃんにも少しでも同情できるなら、チャンスをくれないかな?」
「……」
「待ってる」
祐の手に強引に握らせたのは、奈々華の携帯電話の番号。くるりと踵を返した奈々華。
「待って! あの…… 行きます」
呼び止めた祐の顔もまた何かしらの決意を宿していた。振り返った奈々華は、これほど早く快い返事が聞けるとは思っていなかったので、拍子抜けしたように顔を呆けさせた。だけれどそれは数瞬。
「ありがとう!」
ぱあっと顔を輝かせた奈々華には、見る者全てを虜にしないではおかないような魅力があった。
奈々華にとっても賭けに近かったのだ。自室へと戻る僅かな廊下を踏みしめる奈々華は、カーペットの上がひどくふわふわと柔らかいものに感じた。失敗するようなことがあれば、二人の仲を余計にこじらせることになるだろうし、成功した今でも仁に相談もなしに敢行したのだから、やはり上手くいかないかもしれない。
だけど傍観者で居るのはもう嫌だ。三年前のように、彼がただ苦しんでいるのを何の手立てもなく見過ごすのは辛い。仁は困るだろうか。勝手に舞台をセッティングして、勝手に役者に決めて、勝手に演目まで決めてしまった。しかし、それはきっと仁が望むものであるはずだ。人の心を読むことなど出来ない人の身であって、共に過ごした時間が、彼女の自信を裏打ちするのだ。彼の心は誰よりも、彼自身を除けば、正しく理解しているはずだ。それにもし嘆いたところでもう遅い。賽は投げられたのだ。脚本だけは彼に委ねられているが、きっと上手くいく。そう思うことでしか今の奈々華には、自分の行動を正当化することは出来なかった。
だけどここで全く脈がないようだと、どの道、まがりなりの共生も不可能だとも思った。謝る機会すら与えられないということは、奈々華はあまり知らないが、黒川の遺族に向き合ったときと変わらないのだ。
「私お節介かなあ?」
それだけじゃない。仁がミルフィリアにも相談に乗ってもらおうと出かけたことも多分に関係する。つまりは心証を良くしようという焦りもないとは言えない。彼にとってデリケートな問題であるにも関わらず、だ。
「何だか自己嫌悪」
そうはわかっていても、やめられない彼女もまた苦しい胸の内なのだった。