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第四章 第百二十九話:一蹴

山の王・赤。名の通り赤の上級精霊で、人の何倍もある体躯と長大な尾を使って攻撃をしかけてくる。尾はムチのようにしなやかで、横薙ぎにも、振り降ろしにも、突きにもなった。口からは烈火を吐き出す。圧倒的な手数を誇る攻撃に特化した精霊。世界の名だたる赤の魔術師達にはコレをパートナーとして選ぶ者もいるが、非常に凶暴で、飼いならすのは困難を極める。一頭につき一つの山を根城とする習性があるらしい。人語を解するため、意思疎通は可能ではあるが、人を見下す態度からまともにコミュニケーションを取れた例は少なく、彼らの習性はほんの一部しか明らかになっていない。


遊んでいるようにさえ見えた。踊る軽やかなステップは的確に狼の攻撃が投下される場所から仁を退避させる。一連の動きの中の一部分だった。回避、攻撃、間合い、と全ては繋がっている。老練さえ感じさせる動きは彼の年齢にあって大成されていた。

当初、広畠は共闘というより自分一人で倒すつもりだった。仁には自分のサポート、即ち後方支援をさせて、その実力を判断するつもりだったのだ。それが蓋を開けてみれば、真っ先に特攻していった仁を自分が傍観しているのだから予定も何もあったものじゃない。それでも彼の中に、仁を止めようという気持ちは微塵も湧かなかった。負けるはずがないとわかっていた。その危なげない戦いぶりに感嘆していた。主人なき精霊と彼とでは格が違う。

「予想以上じゃねえか」

広畠にとっては思わぬ収穫だった。新人は大抵この実戦で根をあげる。五十人雇って一人残ればいいほう。だから新人はダメでもともと。しかしこの城山仁という青年は上級精霊相手に横綱相撲。興奮を抑えきれないといった様子で、膝を打つ。

それが合図だったわけでもないだろうが、鈍重な、と言っても仁から見ればの話しだが、獣の懐に飛び込んだ仁の刃が獣の首もとを深々と抉る。仁の体を捉えようとして尾が右往左往するが、首の下に潜り込まれては、獣の本能が自傷の可能性を躊躇う。気道に異物が混入しては、炎を吐くことも出来ない。獣は何も出来ないままのたうつ。そして活動の限界を迎えた巨大な体を横転させた。白いガードレールは鮮血に染まりながら、ひん曲がり、何とか獣の体を受け止めた。焼け焦げた山肌や木々、ぼこぼこと掘り返されたアスファルト。獣の攻撃は土地を破壊しただけに終わり、かすり傷一つない仁は生ぬるい赤のシャワーで濡れそぼった前髪を悠然と掻きあげる。開戦から十分と費やしていなかった。


「正直驚いたね」

ゆっくりと仁に歩み寄った広畠の第一声はそれだった。率直な感想。しかし仁もまた少し驚いたような顔をしている。彼の戦いぶりを見ても、恐れるでも気味悪がるでもなく平然と声をかけてくるような人間はそうはいない。つまりは同じ穴のムジナ。

「……こんなのをいつも新人にやらせるんですか?」

仁だからこその快勝。並みの魔術師では返り討ちだ。広畠はケラケラと快活に笑った。

「そうじゃない」

それから自身の当初の予定を話し、仁は己の早とちりに気付いた。気付いて決まり悪そうに苦笑いする。どの道、後方支援などやったこともないので、予定通りにことを進めていては逆に失格だったかもしれないのだが。

「……まあ上司として、少しは部下をねぎらうか」

広畠はそう言って、全身から赤い雫を垂らしている仁を見る。何ですか? と仁が疑問を口にするが早いか、彼の全身は水の繭に閉じ込められる。何もない所に大量の水が突然現れ、細長い球体を形作り、そこに漬けられているのだ。突然のことに吃驚した仁は、だがすぐに、そこから脱出しようともがく。

「じっとしてろ」

数秒の後、水は下から上へと繭の中を流れ、色を赤に変え、全て蒸発するように消えてしまった。解放された仁は財布でもなくしたかのように、目を見開いたまま全身に手を回していた。そこで気付いたのだが、確かに全身を水槽に漬けられたというのに、全く水気を感じない。

「体を洗っただけだ」

仁の反応が新鮮だったのか、広畠はクスクスと心底可笑しそうに笑う。




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